12:フクロウ

 

「何かいる!」

「っ」

 

 俺は思わず大声で叫ぶと、視線の先にある生まれて初めて見る“生き物”に釘付けになった。

 人という生き物は、喉過ぎれば熱さを忘れる生き物だが、別の熱いものが喉を通れば、ついさっきの熱さをも忘れる生き物なのかもしれない。

 

 つまりは、俺の中で冷たい男の存在は一瞬に希薄になったということだ。

 

「なんだ……こいつ。う、うわぁ」

 

 俺の目線先に居たのは、茶色にグレーを混ぜたような色の、鳥、のような生き物だった。ソイツはソイツ専用と思われる止り木に立ち、足首に細い鎖が繋がれていた。

 目は大きくギョロギョロとしており、薄暗いカウンターの中で一際怪しかった。顔の部分はまるで仮面でもつけているように白く、気味が悪い。

 そして極めつけが、だ。

 

「首が、回った……!」

 

 顔がぐるりと一周回ったのだ。こんな生き物、俺は一度だって見たことがないし、聞いた事もない。

今まで聞いた、どの前世話の中にも出てこなかった。

 

 ——コレは一体何なんだ!

 

 俺は、自分の中にムクムクと湧き上がってきた疑問に居ても立ってもいられなくなった。その間も、その鳥のような生き物はジッとこちらを伺うように見てくる。

 

「コレ何ですか!?」

「……………」

 

 俺は湧き上がる好奇心勝てず、先程まで俺の喉を焼くように熱く流れていた“痛い程目の鋭い男”に疑問を投げつけた。

 どう足掻いても、あの変な生き物の正体を知る者は、この男を除いて居そうにない。

 

 男は俺の問いに、怪訝そうな表情を浮かべたまま、口を閉ざす。

その間にも、変な生き物はギョロギョロとした目でこちらを一心不乱に見つめてくるのだ。

 

 バサッバサッ。

 

「うわっ!なっ!」

 

 突然、羽を広げ羽ばたいたソイツに俺は腰を抜かした。

抜かした先にはカウンターの椅子。お陰で、腰を床に打ち付けるなんて事にはならず、ちょうど良かった。

 

「びっくりした……羽、があるってことは、コレはやっぱり鳥、か?」

 

 羽ばたいたものの、足についた鎖のせいで飛び立つ事叶わなかったソイツは、また静かに止り木に足を下ろした。

 それにしても、見れば見るほど顔が奇妙だ。

 

「あの鳥は一体、何なんですか?」

「………………」

 

 俺の再びの問いに、男は無言だった。

 こちらを見る目は、やはり冷たく痛い。けれど俺の気持ちの全ては、もう初めて見た気味の悪い鳥のような生き物に占領されていた。

 男の目は怖いかもしれないが、男は“ただの”美しいだけの人間だ。

 

 この鳥のように正体不明ではない。ただの人間なのだ。

 

「何て名前の、鳥なんですか?というかあれは鳥ですか?あなたの鳥ですか?」

「…………………」

「まさか、あれがこの店の主人、なんてことはないですよね」

「当たり前だろ。馬鹿か」

 

 やっと男から反応があった。軽い罵声と共に、だが。

 

「確かに、俺はバカですけど……あ、この鳥は何て名前なんですか?」

「……………」

「なんで鎖がついてるんですか?」

「……………」

「なんで、首があんなにグルグルまわっわぁっ!」

 

 バサッバサッ!

 

 謎の鳥がまたしても羽ばたいた。俺は今度こそ、驚いて椅子から落ちた。

 

 こわっ!あの鳥みたいなのこわっ!こっちむいて飛んでこようとしましたけど!

 

 俺は心臓が変に早くなるのを感じつつ、痛む腰をさすりながら顔を上げた。

上げた先では椅子に腰掛けたまま、本当に変なモノでも見るような目で男が見下ろしてきた。

 

「………フクロウだ」

「へ?」

「あれはフクロウという鳥だ」

 

 男は静かにそう言うと、手にしていた酒に口をつけた。氷は随分と溶けて小さくなっていた。

 

「フクロウ………」

「これでいいだろ。もう帰れ」

「……凄ぉ」

 

 もう帰れという男の言葉が聞こえなかった訳ではない。しっかりと聞こえている。けれど、俺はその変な鳥の名前を知って、知った上でもう一度その鳥の姿を見たくなった。

 

「フクロウかぁ」

「…………」

 

 俺は立ち上がると、名前を知ったばかりのソイツを見た。名前を知っただけで、初見の不気味さや奇妙さが減るのだから、これもまた不思議なものだ。

 

 バサッバサッ!

 

「おおっ!」

「……………」

 

 また羽ばたいた。けれど、もう3回目ともなると驚く事もない。名前も知った事で安心感もある。

 

「何であんなに首がぐるっと回るんですか?」

「はぁっ。質問が多いし人の話を全く聞かないやつだな」

 

 俺の度重なる質問に、男はようやく温度のない声に、少しの体温を込めて返事をしてきた。とは言っても、ほんの僅かばかりの体温ではあるが。

 

「フクロウの事がわからなければ、俺は今日気になって眠れなくなる」

「へえ」

「ここは貴方の酒場?」

「フクロウの事はいいのか」

「ここは気になる事が多すぎて、俺も困ってるんだ」

「っふ」

 

 また、男の声の温度が少しだけ上がる。体温の低い人の人肌くらいにはなったかもしれない。

 

「もう、今日はおしまいだ」

「え」

「もう時間も時間だ。締める」

 

 そう言って男が壁に掛けられた時計を見た。俺もつられて時計を見る。

 すると、どうだ。

 思っていたより時間が進んでおり、俺の乗る列車の最終時間に差し迫っていた。まだ1杯の酒も呑んでいないというのに。

 

「えぇ……いつの間に」

「十分しつこかったからな」

「……まだフクロウの事しか聞けてないのに」

「っふ」

 

 男が笑う。俺はチラリと時計を見て、時計すらも俺の好みのど真ん中だな、と静かに思う。

 

「あの、明日も来ていいですか」

 

 

 俺の言葉に、男は何も答えなかった。