136:とある若い母親の話

 

 

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あら?ここはお酒を出してくれるお店なの?

私は余り飲んだ事がないのだけれど、大丈夫かしら。

 

あ、あ。ちょっと待って!でも、ちょっぴりは飲んだ事があるの。お料理に使うお酒をね、ほんの少し。

 

ごめんなさい。嘘をついたわ。

余り飲んだ事はないのは本当だけど、私、本当はお酒は好きなの。女なのにお酒が好きなんて言うと「はしたない」って、いつもお義母さんに怒られていたから、あんな事を言ってしまっただけ。

 

もちろん頂くわ。だって、もうここには私を叱る人は居ないから。

 

私のお話?そうね。お酒を頂いたし、そう言うなら何かお話するわ。

私ね、こんなナリだけれど子供が居るのよ?周りからは「子供が子供を産んだみたい」なんて笑われるけれど、私だってもう良い年ですから。

 

あ、女性に年齢を聞くのは失礼だから止めておきなさいね。

 

そうそう。私の息子のお話よね。

今年で9つになる男の子なのだけれど、本当に可愛い子よ。夫の実家はこの土地で古くから地主をしている家柄でね。どちらかと言えば、裕福だったわ。

ただ、そのせいで跡取りでもある息子の教育は、本当に厳しかったの。

 

由緒ある家系だか何だか知らないけれど、まだまだ幼い息子にそこまでの責務を背負わせて縛りつける血筋なんて言うのは、本当にこの子を幸せにしてくれるの?

私は女で、まったく発言なんて許されなかったけれど、いっつも息子に対する家族の扱いは不満で仕方が無かったわ。

 

だからこっそり。こっそりよ。

お義母さんやお義父さん、それに夫が見ていないところでは、私がうんと甘やかしてあげたの。他の人の前ではシャンとして、しっかり“長男”をする息子だけれど、私からしたらまだまだ赤ちゃんよ。

 

 抱きしめて「よしよし。良い子良い子。貴方なら出来る。何でも出来る。悲しくなったらお母さんの所へいらっしゃい。お母さんはいつでも貴方の味方よ」と言ってあげると、耳を真っ赤にしながら、けれど嫌がる素振りは見せずに腕の中に納まってくれる。

 

 いくら男の子だって、いくら長男だって、いくら強くったって。私の前ではいつまでたっても可愛い可愛い生まれたての我が子と変わらない。

 余り体の強い方ではない私が、生きている間にあと何回この子を抱き締めてあげられるか考えると、いつも惜しい気持ちになっていたけれど、そんなの考えるのは勿体ない事だと、後から思ったわ。

 

——–お母さん、できる、できる、して。

 

 そう言って不安そうな顔で駆け寄ってくる息子を抱き締める時だけは、私は息子の事だけで、もういっぱいいっぱいにしておくことにしたのよ。

 

 

 だって、私はあの子のお母さんなんですもの。

 

 

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