「はぁ?何お前だけそんな良い酒飲もうとしてんだよ」
「べーっ、アボード。お前にはやらん。つーか、ウィズにもトウにもバイにもやらん。これは俺一人で飲むんだ!」
「はぁ!?」
俺はこちらを信じられないモノでも見るような目で見てくるバイに、一旦ゼツラン酒を置いて、ルビー飲料の瓶に手をかけた。
そして、一際丸く可愛らしいグラスに注いでやると「ほい」とバイの前へと置いてやる。そんな俺に、バイは目を瞬かせながら、俺と橙色の明るいその飲み物を見比べた。さすがに昨日の今日だ。酒を寄越せとは言ってこない。
あぁ、俺は酔わなきゃ乗り越えられないが、バイにはどうしても素面で乗り越えて貰わなきゃならない。
それに、俺はどうしてもこの酒を飲む必要があるのだ。
「ほら、バイ。お前は今日はソレで我慢な」
「……そんな、根に持つとは思わなかった」
「なにが?」
「酒、昨日。全部飲んだの。怒ってんだろ?」
「あれは、お前の金で買ったお前の酒だ。お前が飲むのが当然。そして、これは――」
——-おれのさけ!
そう、酒に頬ずりをしながら俺はベッとバイに舌を出す。あぁ、酒瓶のヒンヤリとした冷たさが気持ち良い。ずっとこうしていたい位だ。
けれど、それは許されない。俺はこれに頬ずりするのではなく、これを飲み干さなければならないのだから。
全部俺の、全部俺が今日、飲みつくさなければならない。
「さて、飲むぞー」
俺は手早くカウンターの内側から、栓抜きを取り出すと弾むような動作でゼツラン酒の栓を開ける。そんな俺の様子を、カウンターの内側から自身の酒を持ったまま、席に移動していたウィズが、睨みつけるように見ていた。
そりゃあもう、俺の一挙手一投足を見逃すまいと、必死な目で。
あぁ、見てろよ。ウィズ。俺は今からこれを飲む!
「っお!おい!?何やってるんだ!?アウト!止めろ!」
「ちょっ!おい、クソガキ!お前とうとう頭がおかしくなったか!?」
「アウト……」
「お兄ちゃん!」
俺は瓶のまま勢いよくゼツラン酒に口を付ける。俺は上手に豪快に、飲めているだろうか。
お手本は、そうだな。歌い終わったヴァイスを模した。ウィズに言わせれば飲んだくれの彼は、いつもこうやって酒を飲んでいたじゃないか。それはそれは美味しそうに。
俺も一度やってみたいと思っていたんだ。
「っっぷは!きくぅ!」
熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあつい!!
それまでの火照るような熱さとは訳が違う熱さの波が、俺の中へと津波のように押し寄せてくる。
体の芯から物凄い勢いで熱い熱結石が勢いよく温度を上げて燃え上っているようだ。いや、熱結石なんてものじゃない。これは灼石だ。熱々の灼石を喉の奥に放り込んだような、そんな熱さ。
「馬鹿か!?お前!一気に飲むヤツがあるか!アウト!お前、お前……俺の言った愚かな飲み方を、俺の前でやろうとは!いい加減にしろ!何がしたいんだ!?」
ウィズの怒鳴り声がどこか遠くで聞こえる。やっぱり怒らせてしまった。それに、こんな焦ったような、必死なウィズの怒り方。初めてじゃないだろうか。
俺はクラつく頭を抱えてチラとウィズを見た。
あぁ、うるさいうるさい!
「うるせぇ!黙って見てろ!俺は今、腹が立って仕方ないんだよ!?」
「っ」
「そうだよ!俺は腹が立ってる!俺はアイツらを見てると腹が立つ!」
そう、俺がバイとトウの方を見てみれば、二人共ビクリと肩を揺らして此方を見て来た。あぁ、既に頭がフラフラする。さすが酒飲み殺し。一口一気に飲んだだけで、コレか。
けれど、俺はそんな自分の容態になど構うことなく、次の一口を、またしても瓶のままつける。
ゴクゴクゴクゴク。
喉の奥を冷たい酒が通り抜ける。鼻に抜けるアルコール特有の香り。そして、直後に襲って来るのは、やはり灼石を飲み込んでいるような、熱さというより、ソレは最早衝撃に近かった。
あぁ、熱い熱い熱い熱い。
「バイもそう思うだろ!?なんだアイツら!ビッチウケもハラグロゼメも!お互いがお互いの為を思って、それぞれ良かれと思ってビッチウケはあんな態度、ハラグロゼメは過去に引きずられて身を引く……なんだそれ!わっけわかんね!」
「ん?」
「は?」
俺はアバブの描いてくれた続きの“教本”を想いながら、ゼツラン酒の酒瓶をカウンターに打ち付ける。きっと素面じゃこんな危なっかしい事出来ない。なにせ、瓶が割れん勢いで叩きつけているのだから。
そう、素面だったらとてもじゃないが、もったいなくて出来っこない!けれど今の俺なら出来る!だって俺は今、酔っているんだから!酒に!熱に!
「今、好きならそれをお互いちゃんと言えば終わりの話を!なんだあれ!もどかしいんだよ!しかもなんだ!?3巻に続くって!お互いが口を噤んでいるせいで、どんどん話が複雑になってきて、どんどん難しくなって!!どんどん登場人物も増えて来て!俺じゃもう全然意味がわかんねーよ!!」
最早シンとする酒場で、だが、俺は一切そんな事気にならない。
もう一口、もう一口とゼツラン酒に口をつける。そんな俺に、やっとの事で声をかけてきたのは、この中で唯一“教本”の続きを読んでいるバイだった。
「……仕方ないだろ、そんな事言っても。俺らだからアイツら二人の気持ちが分かるけど、あの二人はお互いの気持ちなんか分かんないんだから」
「うるせぇ!!言わないから分からないんだろうが!?」
「お兄ちゃん、ソレは違う!言わないから分からないんじゃない!分からないから言えないんだ!!お兄ちゃんは間違ってる!!」
そこまで叫んだバイに、俺はそれまでの勢いをスッと引かせ、自分でも想像していなかった程の低い声を出していた。
「“お兄ちゃん”じゃねぇって言ってんだろ。バイ。なら言っても分からないお前は、一体何なんだ」
「っ!」
バイの短い悲鳴が俺の耳に届く。その合間に、俺はもう一度酒を飲む。気付けば瓶の半分はもう俺の体の中だ。最早、熱ささえ分からない。そりゃあそうだ。ずっと熱ければ、もう熱いのが普通になり、熱いとは思わなくなる。
この辺りから、俺の視界不良が更に増した。