エピローグ2:膨大なマナ

 

 

「ほら、マッチだ。これだけあれば、もう冬は越えられんだろ」

 

 

 そう言って、古い倉庫の中から、俺に向かって1つの大箱を投げて寄越したアボードに、俺は「おっとと」と両手でその箱を受け止めた。

 受け止めた瞬間、中からカラカラと大量の棒がこすれる音がする。

 

「ありがとう!アボード!これで助かったよ!ほんと、もうすぐ春とは言え、あの寮は寒くて寒くて……」

 

 俺がアボードから手渡された箱の中身を確認すると、中には棒の先っぽが赤くポッテリとした可愛らしい棒が大量に入っている。

 これは“まっち”という。マナが無くても火を起こせる、とても便利な棒なのだ。

 

 現在俺は、アボードから取り急ぎこの“まっち”を貰うため、騎士団の訓練場へとやって来ている。さすがの俺も、あの時計塔飛び降り事件からこちら、騎士団の人間達にも顔が割れてしまっている為、最初の時のように入口で通せんぼされる事はなかった。

 

 むしろ「兄貴の兄貴」と謎に長い呼び名が通り名としてまかり通る程だ。

 

「つーか、お前。もうマナがねぇわけじゃねぇんだろ?なのになんで、そんなもんが要るんだよ」

「あー、それは」

 

 俺は箱の中のマッチを一本一本手に取り、その懐かしい感触にホッとしていた。あぁ、やっぱり俺にはコレが一番だ。

 

「今の俺、なんかマナが多すぎるみたいで……」

「多いならいいじゃねぇか」

「ダメなんだ」

 

 そう、俺はあの深い眠りに落ちたあの一件以来、マナが無かった所から急に膨大なマナをその身に宿す事になってしまった。

 ウィズやヴァイスが教えてくれた所によると、今の俺はハッキリ言って非常に危険らしい。危険と言っても、以前のように“俺の命”が危険なのではない。

 

「なんかさ……俺って今までマナを使った事がなかったじゃん?こないだ、少し火をつけようと思ってマナを使ったら」

「おお」

 

 俺はあの日の事を思い出して、身震いした。

 

「ウィズの酒場の炊事場が爆発して吹っ飛んだんだ」

「は?」

 

 アボードの呆けたような声が俺の耳に痛い程響く。これは、言うか言うまいか迷ったのだが、さすがにアボードは家族だ。言っておくべきだろう。

 

「なんか、俺。今世界一マナの保有量が多い人間らしい」

「は?」

「で、使い方によっては普通に一国どころか、大陸全土を滅ぼせるらしい」

「はぁ?」

 

 自分で言っていて、俺も頭がおかしいと思う。思うけれど!確かに実際、そうなんだろうな、という程の力を自分の腹の奥から感じるのだから仕方がない。

 そして、それは既に俺の中に居るヴァイスからもきっちり専門家として意見にて裏付け済なのだ。

 

———アウト?どうやら君のマナは、君が真名を受け入れ、残滓の真名を掌握する事で、君の中に完全に定着したみたいだよ。おめでとう!一世界分のマナの残滓が、今やキミのモノだ!

———え?

———しかも、一世界分の人生を繰り返して来た僕も、君の中に部屋を作らせてもらったから、これで二世界分。挙句、君はあの重い重いウィズの半身である、オブまで受け入れちゃったから、それも含めると、最早この世界にキミを超えるマナを有する者は居ないだろうね!よもや神の領域ってワケだ!アウト、君は今ならこの世界の神様にだってなれる筈だよ!良かったね!

 

 良かったね。良かったのか?

 

「いや!全然良くないし!!」

 

 俺はマッチの箱を無意味に振り回し、ガラガラと音をかき鳴らした。

あぁ、もう!マナが無かった所からこの変化!一体何なんだ!お陰で今の俺は、間違いなく使い方を誤れば、大量殺りく兵器だ。どんな屈強な武人だって、今の俺にはきっと赤子の手を捻るより容易だろう。

 嫌だわ!こんなん!

 

「いや、は?お前……何を、どうしたら」

「そう思うよなー!俺もほんと、そんな顔になるよ!色々あったんだ!俺も色々!」

 

 戸惑うアボードに、俺は言葉を濁した。けれど、アボードに今の俺の状態を説明する言葉は、全く浮かばなかった。

 その“色々”を説明するには、今の俺には少しばかり荷が重い。

 いくら家族とはいえ、あの一連の悲喜こもごもを、一体どう簡単に説明しろというのだ。あぁ、もう面倒だ。

 

「ともかく、今の俺はちょっと危険な存在なので、マナは使いたくないんだ」

 

 俺はマッチの箱を脇に抱え、訓練場の脇にあるこの物資保管庫の中を眺めた。中には様々な武器、火薬等、危険物がいっぱいある。此処に入るのは、もちろんアボードが事前に許可を取ってくれているからに他ならない。

 

「だからさ、アボード。安心しな。兄ちゃんは、本気でちょっとやそっとじゃ死ねなくなったから」

 

 俺は何も返事が出来なくなったアボードを横目に、壁にかけてあった槍の先に指を向けた。そして、そのまま勢いよく指の先を槍の刃先に水平に勢いよく動かす。

 ピリとした痛みと共に、俺の指先にはプクリと、マッチの先のような真っ赤な血の玉が出来た。

 

「っな!おい!馬鹿か!?お前!」

「見ろ!」

 

 騒ぐアボードに、俺は先程サクリと切れたばかりの人差し指をアボードの前へと突き出す。突き出した瞬間、アボードの目が大きく見開かれた。

 

「っはあ!?」

「一瞬で、傷が治るんだよ。マナが膨大過ぎて……」

 

 俺は自身の切れた筈の人差し指が、既に何事も無かったかのように綺麗な指に戻っているのを確認すると、はぁと肩を落とした。これは余りにも不死身過ぎる。

 いや、この不死身のお陰で、ウィズの酒場の炊事場を吹っ飛ばした時も、無傷で居れたのだが。いや、それにしたって、である。

 

「……いやぁ、俺が騎士団に入ったら、この皇国は近隣諸国を制圧できるだろうねってヴァイスが言ってたよ」

「いや……仲間ごと吹っ飛ばす危険性のあるヤツは、ダメだろ」

「……そうだろうね」

 

 アボードの冷静な拒否が俺の耳にツンと響く。いや、まったくもってその通り!

 俺は腹の奥底で、今尚感じる大量の騒がしくも愉快で楽しい彼らの事を想い、ともかく、以前同様、マナを使わない生活を心掛けようと、心に決めた。

 

「ま、戦争になったら……特攻隊として、突っ込んでいけよ」

「嫌だわ!」

 

 不死身と分かった途端、俺を爆薬のように扱ってくる俺の弟は、どこまでいっても“はいすぺいけめん”なのであった。