とん、とん、とん、とん。
ゆっくりと一定間隔を刻む軽い音が、俺達の耳にスルリと入り込んで来た。
音のする方を見ると、そこにはテーブルに向かって目を伏せたプラスが、人差し指をテーブルに寸分の狂いもない感覚で打ち付けている。
その体は完全に椅子の背もたれに預けられ、どこか気だるそうだ。
「はあっ」
深く吐き出される吐息。
酒なんて一滴も飲んでいない癖に、朱に色付くプラスの目尻。いや、目尻だけではない。頬も、耳も、首筋も、全てがほのかに赤い。あれは、酔っ払いの中でも一番気持ちが良い時の、酔いだ。
「まったく、本当にアウトはドロボーだな」
「俺はドロボーじゃないよ、プラス」
そんなプラスの姿に、俺も自覚した。
俺も先程の一気飲みした酒が体中に良い頃合いで染みわたってきたようだ。指の先からつま先まで。今の俺も、きっとプラスのような見た目になっているに違いない。
体が、熱い。
俺もプラスも、ほのかに酩酊していた。
「ベスト?」
「……な、なんだ。プラス」
いつもと調子の異なるプラスの様子に、ベストは先程までの不遜な態度を一変してヒクリとその肩を揺らした。その瞳も、ユラユラと揺れている。先程まで、完全に“ベスト”だった瞳が、今や一気に前世の“ザン”に引き戻された。
「ダメだ」
「え?」
「神官なんて絶対にダメだ。あんな腐ったモノになるなんて、俺は許さない。アイツらは全員、人の皮を被った理性のない獣だ。どうしようもない。全員くたばってしまえばいい」
そう言って、プラスは邪魔だとでも言うように、眼鏡を外し、勢いよく床に投げ捨てた。もう、眼鏡は要らないとでも言うように。カランと、投げ捨てられた眼鏡が床に落ちて軽い音を立てる。
その瞬間、俺は思い出した。
——-眼鏡を外すとどのくらい見えないの?ねぇ、これは見える?
目なんて悪くなった事のない俺は、興味本位でプラスに尋ねてみた。目が悪い人の世界って、どんなものなんだろうと、少しばかり気になっていたのだ。
すると、そんな俺の問いにプラスは笑って言った。
——-俺、コレが無いと、色々と見え過ぎて頭が痛くなるんだ!見え過ぎたって良い事なんて一つもないな!
見慣れぬプラスの眼鏡のない顔が、ハッキリと俺達へと向けられた。その見え過ぎる目で、プラスは今、一体何を見ているのだろう。
「神官は悪い大人のなるモノだ。だから、ベスト」
けれど、何故だろうか。
眼鏡を取った筈のプラスの目には、
「神官になるなんて、俺は絶対に許さない」
とても分厚い、色眼鏡がかかっているように見えた。