あーあ。
人生ってどうしてこう上手くいかないんだろう。
まったく、これだから人生って奴は困るよ。何度繰り返したって、一度だって思い通りにならないんだからさ!
もう!腹が立って世界を消し飛ばしそうだよ!
〇
『ねぇ、ヴァイス!ここどこー?本当に、ここにベストって子が居るの?』
『居る筈だよー。まぁ、真っ暗で何も見えないけど』
そう、僕は隣を歩いていたインに向かって、少し大げさに肩をすくめてみせた。でも、本当に今はそんな気分なのだ。
あぁ、もう。今回はちょっと突発的に動いてしまったせいで、全然上手くいかない。
——-いやだ!いやだいやだ!こわいゆめをみるんだ!まいにちみるんだ!
まさか、あんなに突然プラスの情緒がイカれちゃうなんて思ってもみなかった。彼は、僕の予想よりも遥かに、精神もマナも不安定だったようだ。
『そんなの、困るよなぁ』
なにせ、プラスは勢いで聖地を吹き飛ばしてしまう程のマナの持ち主なのだ。
あそこには、彼程ではないにしても、いっぱしの神官も沢山居た筈なのに。それなのに、その全員が何の抵抗も出来ないまま、成す術なく終わってしまった。
『アウトが居なかったら、本当に危なかった』
もし、あのままアウトがプラスのマナの中に強制的に入らなかったら、きっとあの店も今頃、木っ端みじんにされていた事だろう。
あぁ、認めよう。今回のは、完全に僕のミスだ。
あの追い詰め方は、ちょっと強引過ぎた。僕は、プラスの尻尾を、見事に両足で踏んずけてしまったらしい。
『そういえば昔、言われた事があるなぁ』
——お前、他人との距離の詰め方、下手くそだよな。
あぁもう!
分かってる!もう数えきれない程の繰り返しをしてきた癖に、僕は本当に芯の所じゃコミュ障だ!行間なんて、本当は全然読めてない!
『……さて、この後どうすべきか』
僕は、真っ暗な空間を見上げながら小さく呟いた。
この後、この底の深いマナの中で、どうにかアウトとインがプラスを、一旦は落ち着かせる事が出来たとしても、やっぱりプラスは危険だ。
僕のように何度も繰り返してきている訳でもないから、どう頑張っても、彼にはまだ鮮明な後悔の根源が残り過ぎている。かといって、今までのように無理やり忘れさせたとしても、絶対に何かの拍子にそのトリガーは引かれてしまうだろう。
特に、
———俺は神官になる。
ベストはその全ての鍵になる。
下手をすると、この第一輪の平衡世界の一本を世界線ごと吹き飛ばしかねない。そして、これは決して大袈裟な話などではないのだ。
『僕も一回ヤッちゃってるからなぁ』
『ヴァイス?さっきから何をブツブツ言ってるの?』
『気にしないでー、こっちの話だから』
そう、かくいうこの僕も、ハッキリとした確信はないけれど、どこかの平衡世界で一度世界を吹き飛ばしているようなのだ。
マナの観測をしていて気付いた。あれは、完全に“僕”の仕業だ。
僕にとっては、聖地を吹き飛ばすなんてまだ可愛い。このままだと、アイツは昔の僕のように、絶対にこの世界を吹き飛ばしてしまう日が来るに違いない。
『ハァ』
大きな力というのは、その制御と操作が非常に難しい。僕のような存在は、そもそもが稀なのに、この世界には既に稀有な存在が僕を含めて三人も集まっている。
僕、アウト、そしてプラス。
僕はいい。もう果てしない繰り返しの中で、既に色々と“終わって”しまっているし、年の功もあるから制御は出来る方だ。
アウトも大丈夫だと思う。なにせ、あの子はマナの中に本当に一つの世界を作り上げた子だ。
そう、彼は一人じゃない。それが、あれほどまでのマナを保有しておきながら、精神を安定させてくれている最も大きな要因の一つだ。一人じゃないという事が、どれほど、人間を強く保たせてくれるか、本当に思い知らせてくれる。
けれど、プラスは危険だ。
彼は一度目の僕同様、完全に独りであり、この世界を最高に恨んでいる。精神がグラグラな腹の中に、未知のマナを溜め込んでいるなんて、それはもういつ爆発するか分からない不発弾と同じだ。
『まったく、迷惑な話だよ』
せっかく、僕が初めての“最後”の人生を謳歌しているって時に。タイミングが悪いにも程がある。
——ヴァイス、此処で、終わりにしな?
そう、アウトが言ってくれた。
だから、この世界が僕の本当の最後の人生なのだ。しかも、永遠とも呼べる繰り返しをしてきた僕でも、この世界みたいに愉快で楽しい、そして惜しいと思える人生は、記憶にある限りじゃ初めてだ。
だから、終わらせたくない。惜しいと思う。
何かの拍子に突然、誰かの都合で終わらせられるなんて、許せない。
だから、僕は此処に来た。
来たけども。
『ここまで暗いと、本人もどうして良いかわからないんだろうなぁ』
僕は余りにも真っ暗なマナの世界に、溜息と共に頭を抱えた。
確かにここまで真っ暗だと、何をどう制御して良いのかなんて、眼鏡をかけたって本人は分からないに違いない。
そう、僕が見通しの立たない今後にウンザリしかけた時だ。
僕の隣を歩いていたインが、いつもののんびりした口調で何気なく言い放った。
『きっと、今は夜なんだろうね。月か星が出てれば少しは見えるのに』
『……へぇ、夜か』
インの言葉に、僕はふと思い出した。
——-なぁ、ベスト。お前は立派な夜の王様になるんだ。そして、世界を夜のままにして、今度こそずーっと俺と遊ぶんだ。
あぁ、これは彼の“望み”の欠片を反映した世界か。
ただ、月明かりと、星の光という希望が見えていないせいで、ただの暗闇だと思っていたけれど。
『ここって、ずっと夜だったんだ!』
そうか、そうか。とすれば、月と星があれば、夜でも明るくなる訳か!
ただの“暗闇”から“夜”と表現すれば、なんの事はない。“誰か”が、月と星になって、アイツを照らして見張ってやればいいんじゃないか!