「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!主人公の疲労値が臨界点までもうすぐ!このままじゃ主人公まで倒れちゃうじゃん!」
栞は画面を凝視しつつ、コントローラを握りしめた。
このナンス鉱山の中で始まった、突然のデスゲーム。三十日間、犠牲者をゼロにしなければ、物語はここでゲームオーバーになってしまうのだ。
最初は、毒に冒された者が現れたら、その仲間に回復魔法を施して難なく乗り切っていた。しかし、中盤からその難易度は急激に上がった。
突然、ステータス画面に現れた【疲労】というアイコンがジワジワと栞を苦しめ始めたのだ。
「どうしようっ!このままじゃ主人公が【疲労】で過労死する!」
【疲労】そして、【過労死】。
最早、恋愛シミュレーションゲームで飛び出す単語とは、到底思えない。
「一回の魔法で疲労値が1上昇。範囲回復魔法を使うと5上昇。……だとすると、疲労値の限界点まであと2しかないから、範囲回復魔法は使えなくて……あぁぁぁっ!ここに来てエーイチがまた倒れたぁっ!」
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【エーイチ】
うぅぅぅっ、シオン。ぼく、もうダメなのかなぁ。
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「それコッチの台詞だからねーーー!?」
真っ赤に点滅するエーイチのステータス画面。これで何度目の毒効果による瀕死状態であろうか。
このデスゲームは、単に毒に倒れた仲間を聖女の力を使って回復していけばいいという、モグラ叩き的作業ゲームではない。
すると、更に今度は向こう側でステータス画面を真っ赤に照らす人物が一人。
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【テザー】
っく、俺もここまでか……。クソ親父と、兄貴達に……一泡吹かせてやる予定だったのにさぁっ。たまんねーよ。
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「うえぇぇっ!?テザー先輩まで!?ウソウソウソ!これ、どうすんの!?」
このクエストが時間との闘いなのは、まさにその通りだ。しかし、問題は時間だけではない。
その中で自分の疲労値を管理しながら、回復させる仲間や、タイミングを計算していかなければならない。
これは、そんなプレイヤー側のとっさの判断力を試してくる、とてつもなく高難易度なクエストだったのだ。
「もーーーー!どーしよーー!」
そして、この【疲労】というステータス。
これは、イーサのネックレスをしていても、まったく意味がないのだ。それもその筈。【疲労】は状態異常ではない。
普通に働き過ぎで起こる、当たり前の現象なのだ。ネックレスの効果によって無効に出来る類のモノではない。
「まって!コッチは疲労の限界値まであと2しかないのよ!?二人共回復させたら……私がここで過労死してゲームオーバーになっちゃう!あと少しで三十日が経過してクエストクリアなのにっ!」
栞はクエストの最終局面。
究極の二者択一を迫られた。
「エーイチか、」
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【エーイチ】
……もう、だめ。お金持ちに、なりたかったなぁ。
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「テザー先輩か」
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【テザー】
ちくしょう、最後にキレーな女抱いて死にたかった。
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回復魔法を使えるのは、二人に一人。
栞は画面の端に映る残り時間に目を向けた。
あと、残り時間は一分を切った。
だとすれば、どちらかが生き残る事に賭けるしか、方法はない。
「だったら!人間のエーイチが先でしょ!なんたって、死にやすいんだから!この子!」
栞はエーイチの傍に主人公を駆け寄らせると、すぐさま回復魔法をかけた。
あと、五十秒。
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【エーイチ】
あれ?急に気分が良くなった。やっぱりシオン、僕に何かした……って!シオン!どうしたの!?顔色が真っ青だよ!
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「でしょうね!?あと1で疲労が臨界点まで達して、コッチは過労死しちゃうんだから!」
疲労の限界値まで残りあと1。
残り時間、四十秒。
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【シオン】
(目の前が霞む。頭が痛い。吐き気もする……もう、私には回復魔法は使えない……もし使ったら、私が……)
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主人公のモノローグが入る。
それと同時に、主人公の視界を表現しているのか、画面がまるで砂嵐が混じったような状態になる。
酷く、映りが悪い。
残り時間も見えなくなってしまった。
「待って!テザー先輩はどうなってる!?」
ハッキリ言って、主人公自身も瀕死状態だと言っても過言ではない。その状態で、栞は砂嵐の混じるモノクロのフィールドを操作する。
どうやら【走る】モーションも使えなくなってしまったようだ。【歩く】モーションも、いつもより随分と遅い。
まぁ、過労死直前なのだ。無理もないだろう。
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【テザー】
………っ。
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「やっばーーー!ちょっと!コレもう無理なんじゃない!?残り時間が後どのくらいか分かんないけど!これ絶対テザー先輩、もたないでしょ!?」
テザーの残りHPが点滅し始めた。
これは、もう極限の状態である事を意味する。つまり、死亡直前と言う事だ。
「どうするどうするどうするどうする!毒を回復させないとテザー先輩が……!でも私も回復魔法は使えないし!」
どうする!!
クエストの達成条件は犠牲者を出さない事。それはもちろん、主人公を含め、である。それが、あと一歩の所でダメになってしまいそうなのだ。
もし、ここでゲームオーバーになったら、この三十日間生存クエストを、もう一度最初からプレイする事になる。正直、寝不足の栞にそれは限界だった。このクエストが無事終了したら、一旦仮眠を取ろうと思っていた所だったのだから。
「じゃなきゃ!私が【疲労】で倒れるわよっ!」
どうする、どうする、どうする、どうする!
「どうするっ!?」
栞は必死に考えた。
きっと、このゲームのプレイヤー勢のトップランカーは栞だ。栞自身、日本で一番最初にこのクエストをプレイしているという自負がある。
だから、攻略法など誰に聞いても教えて貰えない。
自分で必死に考えるより他ないのだ。そう、時間との闘いの中、必死に栞が思考を巡らせた瞬間。
一つだけ、ひらめいた。
「……あった!!魔法を使わずに【毒】ステータスを回復させる方法!」
栞はコントローラーを握りしめると、イチかバチか、誰一人として犠牲者を出さない為の唯一の方法の為にボタンを押したのだった。