そう考えている間に、俺の目の前には一人の大きな男が立っていた。年は多分俺と同じ位だろう。
とにかくデカく屈強な体躯のその男は、俺を見下ろしながらながら、ポロリと涙を零していた。
俺の作り話に感動しちゃった一人かよ。まいったな。俺、吟遊詩人にでもなった方がいいかな。
そう、俺は酒でフワフワする頭で一人楽しい花畑を走っている最中だった。
この時までは。
「やっぱり……インだった」
「え」
「イン!やっと会えた!俺だよ!フロムだよ!」
その瞬間、俺は心臓が止まるかと思った。フロムとは。あの、フロムか。
今しがた話を盛りに盛って作った、俺の創作前世話に出てきた幼馴染のフロムか!?
俺の設定上の妹が好きで、設定上俺に八つ当たりしまくっていたと言われている、あのフロムか!?
そうこうしているうちに、俺はその屈強な男に腕を掴まれていた。
余りの力強さに、俺はそれまでの酔が一気に冷めていくのを感じた。痛い痛い!
「イン!来てくれ!オブにも会わせたい!オブはずっとお前の事を探していた!前世の頃からオブはお前だけを探してる!」
「………いやいやいやいや!!」
「混乱するのも分かるが!俺はフロムだ!お前がさっきあの男に話て聞かせていた話!俺の前世と同じなんだ!」
「いやいや!はいはいはいはい!待って!」
「お前が死んで俺達はずっと後悔してたんだ!最期に側にいてやれなかったらこと!オブなんてあの後酷い有様だったんだぞ!」
「流行病だから気にすんな!皆で今を生きよう!とりあえず、明日も仕事だから帰ろうかな!」
「お前の事やっと見つけたのに、このまま帰せるか!お前だってオブに会いたい筈だ!さっきそう言ってたじゃないか!」
「いや、待って待って待って待って!」
いや、そんな事あるわけないだろう。フロムとオブいうのは架空の人物だ。架空ってことは現実には存在しないという事だ!
俺はフロムという男に腕を掴まれた恐怖で、助けを求めようと店のマスターの方を見た。
助けてこの人不審者です!
「良かったですねぇ」
「ええ、本当に良かった」
「こんな素晴らしい場に居合わせる事ができるなんて」
「素敵だわ」
——まいった!!まいりました!お願いですので許して下さい!
マスターだけでなく、涙ながらに俺達を見つめてくる他の客に、俺はキュッと心臓が小さくなるのを感じた。このままでは本当にヤバイ。
俺は知らないデカイ男に腕を掴まれて「イン!会いたかった!」と涙ながらがに語られる恐怖に打ち震えていた。
前世だと?あんなのは俺の作り話だ。なんだコイツは。誰だ。俺をどうする気だ!俺はこのまま闇市にでも売り飛ばされるんじゃないだろうな……!?
「あ、あ、」
「ん?どうした?イン。具合でも悪いのか?」
俺が混乱の余に何も言えずに立ち尽くしていると、俺の腕を強く拘束していた男の手が一瞬だけ緩んだ。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
俺は本能の赴くまま男の手を振りほどくと、周りでザワつく客を押しのけ店を走り抜けた。
飛び出す瞬間、先程まで俺と語り明かしていた画家と国王様の驚いた顔が横目に入ったが、気にしてはいられない。
俺は酔ってもつれる足を必死に前へと動かすと、そのまま振り返らずに家へと飛び込んだ。
その日、俺は恐怖の余に一睡もできなかった。