28:弟の頼み事

 

 

          〇

 

 

 

弟は暴君だ。

 

「おっせぇな!?このクソガキ!」

「…………」

 

 出会い頭にこの態度。しかも兄に対して“クソガキ”と来たものだ。まぁ、特にコレは今に始まった呼び方ではないので今更なのだが。

こいつは言葉をまだ流暢に話せなかった時分から、兄である俺を事あるごとに“クソガキ”と呼んでいた。前世の分、自分の方が年上だと言いたいのだろう。

ほんとうに、後から生まれて来た癖に生意気な奴である。

 

「何歩いてんだ!?走って来い!」

「はいはい、もうごめんってば!」

 

 既に暴君は大層ご立腹のようだ。

俺はとりあえず心ばかりの駆け足で弟のもとに向かう事にした。これ以上待たせると、そのうち本気で拳が飛んでくる事は、今までの人生でしっかりと証明されている。弟の拳は、まだ幼かった3歳児のソレと、近衛兵となった今とでは比ぶべくもない。今、本気で殴られたら、それこそ命に関わる。

 

俺が自由と平等の為に反旗を翻すという選択肢を選べないのはそのせいだ。

 

「ねぇ、あの制服……」

「近衛兵騎士様よ」

「素敵ねぇ」

 

そして、すれ違い様に歩いてきた女性達から聞こえる感嘆の声。皆一様に頬を染め、どこかうっとりとした表情でアボードを見ている。

全くもって、本当ににくらしい奴である。

 

「くそ、お前のせいで時間無駄にしたわ」

「……何か用か?」

 

 目の前に立つ男は、確かに他者から見れば“弟”としての風体はまるでない。十人に尋ねれば、十人が俺達兄弟を見て、俺の方を弟だとのたまうだろう。

昔から、コイツは成長が異様に早かった。俺はと言えば、まさに平均中の平均。この体格差も弟の独裁政権基盤を盤石にした原因の一つである。

 

 アボードは近衛兵隊の紺色の制服を身に纏い、圧倒的強者のオーラをこれでもかという程放っている。制服の効果もあって、我が弟ながらにくらしくも女性が目を向けるだけのモノは確かに持っているのだ。

 

「用がなけりゃ、お前の所なんか来るかっての!?」

「そーですか、そーですか。じゃあ何だ?」

「お前、この辺の酒場に詳しかったよな?いいとこ教えろ。連れてけ」

「えっ!?今から!?」

「何だよ、嫌なのか?お前酒好きだろ。いいよ、特別に貧乏人のテメェに奢ってやるよ」

 

 正直、かなり嫌だ。アボードからの奢りなのは良い。どうせ、コイツの方が給料は圧倒的に良いんだから、遠慮する事はない。兄としての威厳とかは、その辺もどうでも良い。

 

 けれど、この辺の酒場はまだ無理だ。

 さすがに、あのデカ男に出会った日のような鮮明な恐怖はもうないにしても、自分からワザワザ危険に向かっていくような愚かな真似はしたくない。絶対に嫌だ。

 

「お前も行きつけとかあるだろ?なんで今更俺にそんな事聞くんだよ」

「今年になって、北部の統治に当たっていた軍の一部が入れ替えでこっちに帰って来たんだよ。こっちに初めて来るやつも多いみたいでな。だったら俺が色々と連れてってやろうと思ってよ」

「……そういう事か」

 

 アボードは昔からこうだ。下の者や新しくやって来た人間には必ず声を掛けていく。所以、兄貴肌で面倒見が良い奴なのだ。その気質も相成って、アボードは異様に年下の同性から好かれる。

 

俺も、いつだったか酒場を渡り歩いている時、たまたまアボード行きつけの酒場へ立ち寄った事がある。そこには、大勢の若い男達がアボードを中心に大いに盛り上がっており、皆我先にとアボードへと話しかけている姿があった。

 

『アボードさん!』

『兄貴!兄貴!』

『これ見てくれよ!アボード!』

 

みんなの兄貴。それがアボードなのだろう。

そんなアボードの兄貴は俺なのだが、俺はというと、基本、酒場は一人で行きたい派だ。店でアボードを見つけた時、俺はひっそりと酒場の隅で、弟の職場での姿をほくそ笑んで観察していた。

 

まぁ後日、それをからかってボコボコにされたので、この件にはもう触れないでおこう。

 

「同じ店ばっかじゃ芸がねぇだろ。お前なら、酒場もいろんなとこ知ってるだろうし。何件か連れてってやれば、それぞれ好みの酒場にも連れてってやれるかもしれねぇしな」

「お前ほんと、面倒見が良いというか見栄っ張りというか」

 

 頼まれもしないのに、本当にご苦労な事だ。俺なら絶対そんな事はしない。

一人で気ままに立ち寄った酒場での一期一会を楽しむ事にこそ、俺の酒場へ求める心髄はあるのだ。

 

「っは、男がこういう時に見栄張らねぇでどうすんだ。俺達みたいな仕事をしてっとな、いつ死ぬか分からん。不動の存在ってのは死ぬ瞬間、心の救いになるんだ。俺はあいつらの不動になりたいんだよ。死ぬ時、魂を救ってやりたいんだ!分かったか、このクソガキ!」

「へー」

 

全然分からん。

 不動がなんだと、訳が分からない事を言うのも今更な話だ。コイツはコイツで前世の記憶を基にした、矜持なるモノが自身の中にあるのだろう。

 けれど、だからと言って俺は自分の身を危険に晒してまで弟の矜持に付き合ってやるつもりはない。

 

 誰だって我が身が最も可愛いのだ。

 

「そういう事なら、今日は酒場へ行くのはやめよう」

「なんで今までの話を聞いてそうなるんだよ!クソかお前!?」

「どうどう。落ち着け。お前はいろんな種類の酒場が知りたいんだろ?」

「まぁな」

「俺もお前が後輩達を連れて行くというなら、紹介したい酒場は一つや二つじゃ済まない。特に酒場ってのは最高の一店舗があるというより、それぞれ味や個性の異なったその道の一番ってのが数多く存在する」

「お、おぉ」

 

 急な俺の饒舌具合に、今まで勢いのあったアボードが急に大人しく頷き始めた。コイツは俺に対して高圧的ではあるが、自分の弱い分野についてはきちんと聞く耳も持てるやつだ。

 多少、プライドが高く暴力的なところもあるが、他人を顧みない訳ではない。

 

 そう、普通に良い奴なのだ。ほんとに、にくらしい奴め。

 

「店の場所と、その特徴。何がおすすめか、俺がざっとまとめてお前に渡そう。今日一軒の店を回るより、それが一番効率的だ」

「まぁ、それもそうか」

「よし、とびっきりの店を教えてやるよ!」

 

これは本当だ。伊達に何年も一人で酒場巡りをしている訳ではない。弟とその後輩達へのおすすめの店など、この瞬間に軽く15件は脳内にリストアップされている。

 

「わかった。なら今日はお前ん家に酒買って行くか」

「お前、俺ん家好きだよな」

「まぁな」

—–あの他にない狭さが懐かしくて良いんだよ。

 

 弟の悪気なく放って来た本心に、俺は内心小さくほくそ笑んだ。

 

 

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