45:兄志願者

 

 

 俺は呼び出されて来たのに、こんな事ってあるだろうか。

 

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

「え?」

 

 騎士宿舎の入口で、俺は体の大きな若い門番の男に足を止められてしまった。その不測の事態に、俺は思わず顔をへの字に歪め『事前に説明しとけよ』と内心アボードに対し悪態を吐くしかなかった。

 俺は何も悪い事などしていないのに、こんな立派な体格の騎士に厳しい目を向けられるなんて納得がいかない。

 

あぁ、納得がいかない!

 

「えっと、俺は騎士アボードの兄です。いつも弟がお世話になっています。今日は弟から呼び出されて此処に来るように言われているんですが、聞いていらっしゃいませんか?」

「はぁ?お前がアボードさんの兄?」

 

——-冗談も程ほどにしろ。

 

 そう、俺を頭の先から爪の先まで見た門番の顔は明らかにそう言っていた。確かに一見すると兄弟にしては容姿がめちゃくちゃ似ている訳でもなく、挙句にその体躯の差から俺が兄というのは信じられないかもしれない。

 けれど、この態度はないだろう!

 

「嘘も大概にしろ。お前、アボードさんの信奉者か?」

「……いやいやいや、待ってくれ。信奉者って」

 

 信奉者。

 弟に使われるにしては、余りにも過激過ぎる言葉に俺は一瞬めまいを覚えた。世話焼きで、他者から好かれる性質であるとは思っていたが、まさかそんな言葉まで飛び出す程とは。

 

「あの人の“弟”志望は山ほど居たが、まさか一般人から“兄”志望まで現れるなんて。しかも、こんな……」

「“弟”志望……?」

 

 一体、騎士団の中では何が起こっているんだ。頼むから俺達の血税を無駄にしない働きを見せてくれ。

 そして「こんな……」の後に鼻で笑うのは止めろ。本気で殴りたくなってくる。まぁ、そんな事したら一瞬で返り討ちだろうからやらないけどな!

 

「…………」

 

 俺は思わず口元がヒクつくのを感じつつ、どうしたものかと頭を悩ませた。本来ならば、ここに来いと言ったのはアボードであり、こういった不手際自体がアボードのミスなのだから、帰っても文句を言われる筋合いはないのだ。

 

 しかし、筋合い云々があの3歳で独裁政権を樹立してきた男に通じる訳もない。このまま家に帰ってでもみろ。約束の時間になっても来ない事を知ったアボードが、今夜俺の部屋に乗り込んでくる事は必須だ。

 そう、しかも拳という最強最悪の武器を引き下げて。それだけは避けたい。

 

 今夜は久々にウィズの酒場でゆっくり酒を飲むと決めているのだから。

 

「ほら、バカな事を言ってないで、さっさと帰れよ。あんまりしつこいようだと、とっ捕まえるぞ」

「あぁ!」

「っな、なんだ!?」

 

 俺はハタと思いついてしまった。ここは、俺とアボードが完全に兄弟である事を証明できれば問題ないのだ。“兄”志望でも“弟”志望でもなく、完全に兄である、と。そもそも、志望してなれる兄弟というのは一体何なのだろう。

 

 これはちょっとした予想でしかないのだが、きっとこの話をアバブは気に入ってくれそうな気がする。覚えていたら、是非聞かせてやろう。

 

「若者よ、見ていなさい。俺とアボードが兄弟だという事を証明してやる」

「はぁ?」

「待ってなさい。えーっと、あったあった」

 

 俺は肩にかけていた鞄の中から、買い物した物達を掻き分け、グルフの革でカバーされたお気に入りの手帳を取り出した。そして、パラパラとページを捲ると、やはり中からは様々な表情をしたファーが何ページにも渡り現れる。

 

 あぁ、なんて癒されるんだ。

 いや、しかし。この門番に全てのファーを見せてあげても構わないのだが、今はそれよりも見せるべきページがある。

 

「ほら、見てごらん」

「あ?……あ゛ぁ!?」

 

 不審げに俺の差し出す手帳を覗き込んできた若い門番の男は、中を見た瞬間その目を丸くして、手帳の中身に釘付けになっていた。

 

 そう、これは、先日の夜にアボードに写出して貰った俺とアボード、そしてファーとの記念描画だ。こうやって一緒に写っている描画を見せれば、さすがにこの門番も納得するだろう。

 

「ちょっと貸せ!」

「あぁっ!」

 

 しかし、門番は俺から手帳を奪い取ると、あろうことかパラパラと勝手に手帳を捲り始めたのだ。まったく、なんと失礼なヤツなのだろうか!

 まぁ、ページの殆どがファーの描画だからいいけど。むしろ、ちゃんと見て欲しいくらいはあるけれども!

 

「本当に……アボードさんだ」

「だろ?早くアボードを呼んでくれ。アイツに言われて俺はわざわざ此処に来たんだから」

「い、いや、ちょっと」

 

 ここまで来て門番はまだ信じられないのか、描画と俺を交互に見てくる。まぁ、納得するまで好きにさせておくか、そう俺が思った時だった。

 

「おーい、ビサイド!今日の昼の当番はお前か!」

「っアボードさん!」

 

 若い門番の後ろからアボードの声が聞こえてきた。

その声に、それまで俺の手帳に釘付けになっていた門番、どうやら名前をビサイドというらしいが、彼が勢いよく後ろに振り返った。

 

 ちょうど、ビサイドの影になっているせいで、俺からは直接アボードの姿が見えない。きっと、アボードからも俺は見えないのだろう。

 アボードは俺に気付く事なく、このビサイドという門番に声をかけ続ける。

 

「今日、俺の知り合いが来るから、来たら俺んとこ連れてきてやってくれ」

「知り合い……」

「知り合い……」

 

 奇しくもビサイドと俺の呟きが重なる。

知り合いってどれだけ遠回しな表現なんだよ!さすがに俺を“兄”と言う事が憚られるとしても、ひとまず“家族”が会いに来るくらい言えないのか。

 

——というか、事前の伝達が遅すぎるだろう!

 

 

「アボード!俺もう来てるんですけど!?」

「あ゛ぁっ!?クソガキ!何来てんだよ!早すぎだろ!」

「そんなに早くないだろ!ちょっと早く来てやったんだから、逆に感謝しろよ!」

「ってか、待て。おいおいおい、ビサイド!お前何持ってんだ?」

「……えっと」

 

 そう言って一瞬にして目を血走らせたアボードが騎士宿舎の敷地からズンズンとこちらに向かって高速で歩いてくる。どうやらアボードにしては、珍しく焦っている様子で、俺はその瞬間確信ともとれる嫌な予感をばっちりと感じる事ができた。

 

 まずやる事は、この若い門番に取られてしまった気に入りの手帳を回収する事だ。でなければ、この手帳が八つ裂きにされてしまう。

 

「はいはい、それ返してねー」

「あ゛あぁぁ!やっぱソレはオメェのクソ古手帳じゃねぇか!テメェそれを一体どうした!?ビサイド何を見た!?」

 

 俺は間一髪で手帳を自分の鞄に回収すると、誤魔化すように両手を開いて目の前に突き出した。俺はもう何も持っていない。無抵抗の一般市民に暴力は止めて欲しい。

 

 俺が何食わぬ顔でアボードから視線を逸らす中、ビサイドという若い門番は慌てた様子で「いや、えっと」と要領を得ない返答を続けている。

 

「おい、ビサイド。お前は何も見なかった。いいな?!」

「っは、はい!もちろんです!何も、何も俺は見てません!アボードさんが写出砂で楽しそうに兄弟写真を描画していたことは、誰も言いません!」

「ばっちり見てんじゃねぇか!?」

 

 その途端、俺とそのビサイドという門番の男の頭には凄まじい勢いでアボードの拳が降り注いできた。

 

「ったぁぁぁ!」

「ってぇぇぇ!」

 

 一瞬呼吸が止まった。これは史上稀に見る痛さだ。大人になってこんな勢いで頭を殴られる事があるだろうか。いや、ない。

 

「っつぅぅ!せっかく来てやったのに!!」

「くっそが!もう行くぞ!来い!クソガキ!」

 

 そう言うや否や俺はアボードに腕を掴まれると、乱暴にそのまま騎士宿舎の中へと連れて行かれた。

 

 チラリと門の方を見ていれば「いてて」と片手で頭をさすりながら、こちらを見送るビサイドの姿。さすが騎士。俺なんかより大分と打たれ強く出来ているらしい。

俺はと言えば、未だに痛みの引かない頭に最早歩く事にすら集中できずにいる始末だ。

 

「ったく、お前となんて描画するんじゃなかったぜ」

「仕方ないだろ!あの門番が俺がお前の兄だってことを信用しなかったせいで、入れなかったんだ!元はと言えばお前が事前に伝えておかないのが悪いんだろ!?」

「あー!うるせ!うるせ!黙れクソガキ!」

 

 大声で響き渡る、俺達兄弟の口げんかに、周りにちらほらと居た騎士達が何事かと此方を見ているようだった。それに気づいたアボードは、まだ何かを言おうとしていたらしいが、グッと堪えたような表情を作ると、掴んでいた俺の腕を離した。

 

 チラりと横から見えるアボードの耳はどこか赤い。

 どうやら、俺を職場の人間に見られるのが恥ずかしいらしい。10代か。

 

「まったく、そんなに俺を見られるのが恥ずかしいなら外で会う約束したら良かったじゃないか」

「……うるせ。お前、今酒場行きたくねぇんだろ」

 

 なんと。そういう気遣いも出来る奴だったのか。俺はアボードのまさかの返答に思わず目を見開いてしまった。最初に酒場に行くのを断った時点で、俺が酒場に行きたくないという事を、どうやらアボードは理解していたらしい。

 

 まぁ、そういう事なら俺も大人だ。そろそろ、愚痴を言うのは止めて大人しく付いて行こうではないか。なにせ、俺はアボードの兄なのだから。

 

 ただ、最後に一つだけ聞いておきたい事がある。

 

 

「なぁ、お前“弟志望者”がたくさん居るって本当?」

 

 

聞いた瞬間、再び俺の頭上には固い固い拳が降り注いだ。

 

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