「トウどこにも居ねぇんだけど!?あいつどこ行きやがった!?……あ?」
タイミングよく入って来たのは、先ほどトウを探して来ると言って部屋を出て行ったアボードだった。俺は助かったとばかりにアボードに向かって大声を上げる。
「アボード!助げで!潰ざれ死ぬ!」
「ちょっちょっ、なんだなんだ?!この状況は!」
余り自由にならない体で、俺は必死に両手を下の方でバタつかせてみる。すると、アボードの方も混乱している様子ではあったが、ひとまず俺の方へと勢いよく駆けつけてくれているようだった。じょじょにアボードの激しい足音が近寄ってくる。
「おい!トウ!ソイツを離せ!」
「っ、アボード!なんでお前が!」
急に現れたアボードに、トウと呼ばれた俺を抱きしめる男も驚いたような表情でアボードを見ている。
トウ?トウとはあれか?今日俺から話を聞きたいと言ってアボードに頼んできたという、あのトウか?
俺は混乱する頭の中で一つ一つの登場人物の型が埋まっていくのを感じた。
「ソイツは、俺の、きょ、きょう、兄弟だ……」
「なんでそんなに嫌そうに言うんだよ!?もっと堂々と言えよ!」
「インが、アボードの……?」
トウはそう驚いたように呟きながらも、全く俺の体から腕を離そうとしない。ただ、少しだけ力は緩めてくれているようだ。おかげで、多少苦しさは無くなった。
しかし、だからと言って俺が自力で抜け出せるような腕の檻ではない事は分かって欲しい。所詮、一般人は騎士になど敵わないのだ。
「お前が俺の兄弟だって知れたら、俺のかっこいいイメージが崩れるだろうが!」
「そんな事で崩れるイメージなんて、さっさと崩れちまえ!」
「そうはいくかよ!……ってか、トウ!お前いい加減にその手を離せ!」
この状況で兄弟げんかをしても成り立たないと察したのか、アボードは俺達のすぐ脇までやってくると、俺を閉じ込める屈強な腕の檻へと手をかけた。
——-いいぞ!頼む、弟よ!
「ダメだ、前も離したらインは逃げ出した。また逃げるかもしれない」
「インってコイツの事か?おいおい、トウ。何泣きそうな顔してんだよ」
「せっかく会えたのに、以前、インが逃げたんだ。分かってくれるまで離せない。今度こそオブの所に連れていかないと」
「はぁ、まったく。意味が分からん。とりあえず、クソガキ。お前、逃げないってトウに約束しろ。こんなトウは俺も初めて見る」
困ったような表情で俺に向かって口を開くアボードは、確かに頼りになる皆の兄のような顔をしていた。きっと、こんな調子で騎士団の中でも様々な事を仲裁したり、間に入ったりしているのだろう。
そりゃあ、弟志望が大量に発生する訳だよ。
まぁ、俺はそんなアボードの兄なんだけれども。
——-なら、兄貴がグダグダ言う訳にもいくまい。
「逃げない。約束する。だから、もう離してくれ」
「本当か?」
「安心しろ、トウ。もしコイツが逃走しても、俺の関係者って事で面ァ割れてんだ。また俺が引きずり出してやるよ」
「……わかった」
最早、わざわざ“兄弟”という言い方を“関係者”に変えて口にするアボードに俺は内心「コイツ……」と拳を握った。
本当にどこまでもにくらしい奴なんだ!
ただ、アボードの言葉はトウにとっては効果絶大だったようで、それまでしっかりと囲われていた腕の檻が、ストンと力無く解かれた。
「さぁ、色々状況を把握する所から始めるぞ。トウ、クソガキ。座れ」
「おいおい。いつもみたいに“兄さん”って呼べよ」
「いつ俺がそんなクソ寒い呼び方でテメェを呼んだ?あ゛ぁ?ぶっ飛ばすぞお前」
「…………イン」
当たり前のように仕切り始めたアボードに俺は仕返しとばかりに軽口を叩いてやる。そんな俺達の様子を、トウはどこか釈然としない様子で見ているようだった。
さて、ここからどう話したものか。
俺はトウという男の対角線上、そしてアボードの隣に座ると深く息を吐いた。
あぁ、どこまで行ってもこの世界は前世に縛られている。前世のない俺だけは、例外にして欲しかった。
まったく、困ったものだ。