49:期待と裏切り

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「へぇ!じゃあ、お前が酒場で口から出まかせで話した前世の話と、トウの前世の話っつーのがほぼ同じだったって事か?おもしれー!」

「名前も、地名も、思い出話も!全部同じなんだ!こんな事偶然で起こらないだろ!?」

 

 一通り状況をアボードに説明した俺は、今や談話室にあるゆったりとした椅子に己の体の全てを食われていた。なんて素晴らしいフカフカの椅子なんだろう。

 

こんなものに一度座ってしまっては、もうその後立ち上がって仕事に向かうなど不可能だ。並みの精神力では立ち上がれまい。もしかしたら、騎士達はその辺の精神力を鍛える為に、この椅子をここに設置されているのではないか。

 

「ねぇ、アボード。この椅子どこで買ったか家具担当の人に聞いといてくれない?」

「お前……。誰だよ、家具担当の人って。トウ知ってるか?」

「……いや、知らないな」

「つーか、あのクソ狭ぇ部屋のどこにこの椅子置くってんだよ!寝言は寝て言え!?そして話を横道に逸らすな!」

 

 アボードからバッサリと切られてしまった。確かに、このサイズの椅子をあの部屋に置いてしまったら、あの部屋は見事椅子の部屋となってしまう。諦めるしかないだろう。

 

「イン、本当に俺達の事、覚えてないのか?」

「……覚えてないっていうかさ、あんまり大声じゃ言いにくいんだけど」

 

 俺を“イン”という名で呼ぶトウ。トウは前世ではフロムという名で、俺の作り話上の俺であるインの幼馴染の男なのだそうだ。俺の作り話と、誰かの前世が一致する。こんな偶然、確かにそうそうある事ではないだろう。

けれど、俺はどこかの酒場で聞いた事がある。

 

「俺、前世が無いみたいなんだよ」

「……前世が、ない?」

「そう、ないんだ」

 

——–事実は小説よりも奇なり。

 そう、現実で起こりうる出来事というのは、いつだって作り話よりもおかしな出来事で溢れている。

 人が偶然ではあり得ない、と思っている事の全てが、実は起こりえる可能性を含む出来事なのだ。それどころか、人が予想だにしない事だって、この世では起こってみせる。

 

 まさに、事実は小説よりも奇なり、だ。

 

 「そんな……」と口に手を当てて驚愕するトウに、俺は急いで付け加える。

 

「コレ、あんまり周りに言わないでくれよ?現代じゃ余り差別とか無くなってますよーっていう体にはなってるけど、昔はその辺差別も多くて、前世の無い人間は火あぶりにされてた時代もあるくらいだからな」

「火あぶりって……。ったく、お前は何千年前の話をしてんだよ」

「いや、確かにそうだよ。今は記憶がない人間っていうのを差別しないようにって法律も出来てるけど、だからってわざわざ他人と違う事を表立って言う必要はないだろ?」

 

そう、前世が当たり前のこの世界では、前世の記憶がない事は異端だ。アボードが言うように数千年前の昔の話ではあるが、前世の記憶のない人間は前世に大いなる過ちを犯した罪人として差別を受け、ビヨンド教からも酷い弾圧を受けていた時代がある。

 

そのような罪人は現世でその罪を浄化し、新たに清らかな魂となって次の生へと導くという教えの基、前世のない者は見つけ出しては火あぶりにされていたのだ。

 

「前世の記憶のあるお前らには分からないよ。他人と根本的に違う、少数派っていうのは身を隠していた方が安全なんだよ」

「…………まぁ、そうかもな」

 

その後、ビヨンド教の中でも長きに渡る研究の成果により、教えの改変が行われた。

そんな経緯もあり、前世の記憶の無い者に対する差別と惨殺の歴史はビヨンド教内では今でも負の遺産として語り継がれている。そして、その後数百年に渡る研究から前世のない者は決して前世の罪から記憶がない訳ではないと正式に発表された。

 

この一連の思想的変化に伴う改革をビヨンド教では“宗教改革”と呼ぶ。もう、歴史の教科書に載る程昔の話だ。

 

「なら、尚の事、教会に相談した方がいいんじゃないだろうか」

「何を相談するんだよ?俺は別に前世の記憶がなくても何一つ困ってないのに?」

「……困って、いない」

 

そう、どこかショックを受けたような顔で呟くトウに、俺は気まずさから目を逸らした。

困っていない。そう、俺は全く困っていない。前世などなくとも、平気だ。前世なんか無い方が、自由だと、俺は思うくらいだ。

 

まぁ、前世の記憶の有無については、現在でも研究が重ねられているが、まだ完璧には解き明かされていない部分が多いという。そもそも、研究しようにも前世の記憶を持たない人間自体が少ない為、研究もなかなか進まないのだろう。

俺は教会の研究材料にされるなんて、まっぴらだ。

 

「……一つ聞きたいんだが」

「なんだよ?」

 

 体は大きい癖に、非常にオズオズと尋ねてくる姿に俺は逆に身を乗り出して聞いてやった。逸らしていた目もしっかりとトウに合わせる。

きっと、このトウの中では俺はまだインなのだろう。どんな言葉がこようとも、違うとハッキリ叩きのめしてやらねば。

 そうしなければ、このトウが可哀想だ。いらぬ期待は早いところ捨てさせなければ。

 

「記憶が無いというのと、忘れてしまっているというこの2つの事象は似て非なるモノだが判断が難しい所だ。それなのに、キミはどうして自分が前者だと分かるんだ?」

「……良い質問だ。トウ君」

 

 俺は来るであろうと予想していた質問に、ニコリと笑ってトウを見てやった。俺の隣の席では、アボードも俺が何を言うか分かっているのだろう。小さく溜息をついている様子が窺える。

そう、俺は弟の言う、この“良い奴”であるトウの力にもなれなければ、もちろん前世の友人にもなれないのだ。