「で、そのトウって奴さ、実は弟の同僚だったんだよね」
「同僚……という事は、デカ男のトウは騎士様……!あぁっ!騎士同士の平凡主人公の取り合い!ライバル出現により、それまで兄弟という立場に胡坐をかいてきた弟の急な焦り!不安!葛藤!運命の歯車が完全に回り始めたっ!神よ!こんな完全受けの逸材を私の元に送り給うた事に感謝します!」
両手で祈るようなポーズを取ったアバブが次の瞬間には、口元を手で抑えウンウンと頷きながら「続けて」と感極まっていた。
いや、トウが騎士という事を伝えただけで、アバブは既に多くの情報を得てしまったようだ。
何かは分からないが、とても凄い。
「で、実は弟経由でそのトウと会ってきたんだ」
「いつの間に!?なんですぐ報告しないんですか!?」
「いや、報告してるじゃん。会ったの昨日だし」
「めちゃくちゃタイムリーだったー!ありがてぇ!ありがてぇ!」
そう、あの衝撃の出来事から然程時間は経っていないのだ。しかし、余りにも衝撃的過ぎて、逆にかなり昔の事のような気さえしている。
俺にとってウィズに関するあの瞬間の時間感覚だけ、どうにもおかしくなっているらしい。
「で、まぁ偶然とは言え再会した事だし、ちゃんと俺は前世の幼馴染じゃないんだって改めて伝えたんだけど、どうしてもトウは信じてくれなくて」
「いや、それはそうでしょ。アウト先輩が趣味で作った前世話と全く同じ設定の他人が居るって、それは最早逆に運命でしょ!アウト先輩、本当は前世でその人の幼馴染だったんじゃないっすか?」
やはりアバブもトウやウィズと同じ反応をしてきた。
まぁ、当然と言えば当然かもしれない。俺は基本的に前世の記憶が無い事は他言しないようにしている。俺のマナの体内保有値が皆無な事を知っているのも家族とほんの一部だけだ。
故に、俺はアバブにも自分が前世を持たない人間だとは伝えていないのである。
アバブや他の同僚には「俺は赤ん坊の頃死んでしまったせいで前世の記憶が殆ど無い」という事で通している。今思えば、昔からこの設定で話していけば良かったと思はなくもない。
しかし、あの頃の俺は前世の話をしなければ他人から敵視されるのだという、謎の強迫観念に囚われていた。
——–あぁ、またこの世に罪人の魂が生まれ出でてしまった。
微かに過る嫌な言葉、その記憶。背中に走る痺れにも似た痛み。俺はその記憶を振り払うように、一瞬だけ目を閉じた。
あぁ、もう。なんと少数派の生きにくい世界なんだ。
いや、違うな。
他人の前世の話を聞く限り、それはどこの世界も同じだ。少数派というのは常に一定の“生きにくさ”を感じ、生きていかなければならない。
前世で“ふじょし”という少数派で、迫害され自殺したアバブも、それはきっと良く分かっている事だろう。