「いや、それはないんだって。だって俺にはソイツらとの記憶は無いんだ。たまたまだよ。本当にたまたま」
「たまたまって、そんな偶然あるもんすかねぇ」
どこか腑に落ちない様子のアバブは、本当に昨日のトウの見せてきた表情とまったく同じだった。
人はどうしても物事を運命的にしてしまう癖があるようだ。単なる偶然に運命という過大な名前を付け、想いと期待を寄せる。それをするのは勝手だが、俺と関係のないところでやってくれと言いたい。
「で、トウは言うんだよ。もう一人の幼馴染のオブにも会って欲しいって。自分よりずっと会いたがっていたからって」
「あぁ、確かに。アウト先輩の作り話でも、幼馴染は2人居るって設定でしたもんね。フロムとオブ?でしたっけ」
「そう。一回話しただけなのに、アバブは本当に物覚えがいいなぁ」
「ふふ、アウト先輩って褒め方がお爺ちゃんみたいっすね」
そう言って、どこか気恥ずかしそうに笑うアバブは、それまでのビィエルの研究職の顔はナリを顰め普通の女の子のように笑った。
ただ、俺の褒め方が爺さんみたいというのは、余り突っ込まないでおく。
あぁ、そうさ。爺さん扱いをされて、俺は少しショックを受けたのだ。
「で?アウト先輩はそのオブとも会って来たんですか?」
「もちろん断ったよ。俺はお前らの本当に会いたがっている幼馴染じゃないから、期待させても仕方がないって」
「あー、はいはい。ちょっと私、読めてきました!さっき言ってたウィズっていう人が、ここで言うもう一人の幼馴染のオブでしょ!?」
「…………!」
アバブの言葉に俺は思わず目を見開いてしまった。そう、その通りだ。何故分かったのだろう。
まさか、“ふじょし”というのは“ぎょうかんをよむ”ことで未来をも見通す事が出来る能力を得る事が出来るのだろうか。
凄すぎる。いや、怖すぎる。
「そう!そうなんだよ!ちょうど、最近通い始めた酒場の店主の名前がウィズで、しかも、トウの言っていた幼馴染のオブと同一人物だったんだ!」
「ははぁん、分かりましたよ。昨日、先輩の身に何が起こったのか」
言いながらアバブは先ほどまでの大興奮だった気性を大いに落ち着かせると、そのまま全てを見通すかのような目で、ジッと俺を見て来た。時折、細められるその瞳が、口元に浮かべられる薄い笑みが、またなんとも意味深で背筋を凍らせる。
先ほどまでの普通の女の子だったアバブは一体どこへ行った。
「アウト先輩が最初に言っていた『ウィズとどんな顔して会えばいいんだ』って台詞から察するに、アウト先輩、そのウィズって人に、前世の幼馴染だと勘違いされた上に、何か重要な事を言われましたね?」
「…………!」
驚愕だ。
ある程度の情報を与えただけで、最早後半部分は俺が何かを言わなくともアバブは昨日の出来事を、まるで見て来たかこように言い当ててくるではないか。
これが“ふじょし”の真の力なのか。
「そう、アウト先輩……あなたはそのウィズって人に、愛を、告白されたんじゃないですか?」
アバブが静かに俺に問うてくる。
その瞬間、俺は昨日のあのウィズの熱の籠った言葉が耳元に木霊するのを聞いた。
——–イン、知っているか?幸福は熱いんだ。暖かいなんてものじゃない。
——–俺は、あの日、お前を失ってからずっと、冷たかった。寒かった。
——–あぁ、イン。俺の幸福。俺の全て。世界の色も温もりも全てお前が与えてくれた。
——–やっと、戻ってきた。俺に全てが。やっと世界が俺の元に戻ってきたんだ。
——–イン、イン。今度こそ、俺は全てをかけてお前を守る。
——–お前の為に生き、そして、お前の為に、俺は死にたい。
愛の告白。ウィズは一度も「愛してる」とは口にしなかったが、そう、確かにあれは愛の告白だった。
未だに背中に感じるウィズの熱い掌の跡。耳元に焼き付いて離れない、一方的な睦言のような言葉。それら全てが、確かにウィズからの全身全霊の“愛”であり、そして――――。
「……ちょっ!アウト先輩、大丈夫っすか?」
「……え?」
「あの、ごめんなさい。ここでそんな顔になるなんて思わなくて」
先ほどまでの預言者のようなアバブは今この瞬間に消えて無くなっていた。今、目の前に居るのは心底心配そうな顔で俺の背に手を当ててくるアバブの姿。
その温もりが昨日のウィズの熱い掌の跡と重なって、俺はどうにもおかしくなりそうだった。
「アウト先輩。顔、真っ青ですよ」
「……お、俺が?」
「そうですよ!私、ここでは先輩が照れて赤くなると思ったんですけど。こんな……ちょっと、アウト先輩。そのウィズって人に何を言われたんすか?」
「な、何を……」
あれは、愛の告白か。それとも、呪いの言葉か。
——-イン、お願いだ。もう俺を、置いていかないで。
「わ、からない」
「ごめんなさい。先輩、私ちょっと調子に乗り過ぎましたね。この話はもう止めましょう」
アバブは急にそれまでと違い見違える程大人のような顔を俺に見せると、幾度か俺の背をさすり「暖かいモノでも飲みましょう」と、足早に部屋から出て行った。
どうやら気を遣わせてしまったらしい。あの、常に天真爛漫な顔を見せるアバブに、あんな表情をさせるとは。
今、俺は一体どんな顔をしているのだろうか。
鏡など持っていない俺は、いつかのアバブのように水流を観察する為のガラス張りに、微かに映る自分の姿をジッと見つめた。
よく見えない。
そう、顔色は分からないが、何故か俺の顔には表情と言うものはなく、完全に無表情だった。確かに、急にこんな顔になってしまってはアバブも心配してしまうのも無理はないだろう。
あぁ、悪い事をした。せっかく楽しく話を聞いてくれていたのに。
「明日は……いや、もう今日か。ウィズの所には行かない方が、いいかもしれない」
あれは、愛でもあり、呪いだ。俺への呪いなら、まだ良かった。けれど、あれは、あの言葉は、俺ではなく、ウィズ自身を縛る呪いだ。
トウが向けていたモノとは比べ物にならない程の、インへの執着。
もしかして、俺は大変な事をしてしまったのではないだろうか。
「ウィズ、お前は……一体」
俺は背中に残るウィズの熱さと感触、そして、痺れるような痛みを抱えたまま椅子の背もたれに体を預けた。
人は偶然に運命と名づけ、そして自らを縛っていく。まるで、呪いのように。
あぁ、背中が
「痛い」