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さぁ、今日も家族は眠りについた!
今夜も冒険の旅に出かけなくっちゃ!
さぁ、今夜はどこへ行こう!どんな国に向かおうか!あぁ、そうだ!こないだ夜の国で出会った旅人に聞いた国へ行ってみよう!
その国の名前は、大人国!子供は入っちゃいけない、大人だけの国らしい!あぁ、大人の国なんてワクワクする!
けど、もちろん僕のこの姿のままじゃ、きっと入れない。
うーん、どうしよう。
すると、いつものように相棒のファーが僕の肩に乗って言った。
『わたしに良い案があります!』
そうこなくっちゃ!ファーの耳打ちに僕はウンウンと頷く。そうか!この山の向こう側に、いろんな薬を扱う不思議な魔法のお店があるらしい!そこで、大人になる為の薬を買ってくればいいんだな!
さぁ、今日も、キミと僕の冒険の旅に出かけようじゃないか!
◇◆◇◆
今日も僕はいつもの場所で、いつものように本を読む。
【きみとぼくのぼうけん】3巻中盤。12つ目の物語。ぼくが大人の国に行く為に、不思議な魔法の薬を手に入れるお話だ。
僕は本を読みながらチラと目の前を見ると、そこには身を乗り出して話に夢中になるイン。そして、そんなインを隣でニヤニヤと笑いながら見ているフロム。
フロムはこの話は一度聞いているので、インが反応する度に面白がってそれを見ている。この光景も、最早いつもの事だ。
しかし、最初の頃は、隣ですぐにお話の先を喋ってくるフロムに、インは烈火の如く怒っていた。
——–フロムのバカ!なんで先の話するんだよ!
——–もう!うるさい!僕はオブの口から聞きたいの!
——–いいのか?あんまりうるさいとフロムがアクロスさん家の飼ってテリアに追いかけられて大泣きした事……ニアに言うからな。
インのあんな顔は初めて見た。インもあんな風に静かに怒る時もあるのか。
僕は先日繰り広げられたインとフロムの口喧嘩を思い出し、密かに笑った。
どうやら、最後にインが静かに放った言葉が、フロムには効果的だったらしく、それからフロムがインの読書の邪魔をする事はなかった。
しかし、その代わり物語の先を知っているフロムはインの真剣な表情を面白がるような様子でいつも観察するようになった。
まぁ、その気持ちは分からなくもない。
それ程にまで、インの物語を聞く時の顔はとても面白いのだ。僕の想像通り、インはこの【きみとぼくの冒険】に、心から感情移入をしてしまっている。
その、くるくると変わるインの表情を観察しながら物語を読むこの時間が、僕にとっては心から楽しく、そして幸せな時間になっていた。
『大人になる薬かぁ!凄いなぁ!オレも飲みたい!』
『えー!でも、すっげぇ苦いって書いてあるぜ!腐ったカラザみたいな匂いで、味はドクダメとメンタの葉っぱを混ぜたみたいな味って書いてあるじゃんか!』
『それでも飲みたい!オレも大人になって大人国に行きたい!』
そう言ってキラキラと目を輝かせるインの腰には、同じようにキラキラと輝く懐中時計がある。あの日、インが元気になって戻って来てくれた日、僕は再度あの懐中時計をインに返した。
——-コレ、返すから。持ってて。
そう、返したのだ。
もう、これはインのモノ。
インが僕とすれ違わないようにある、その為のもの。だから、インが持っていなくちゃ、何の意味もない。
だから、この時計をインが受け取ってくれた時の顔を、僕は心の一番大事な所に仕舞い込んだ。コレは、僕だけのイン。誰にも見せてあげない。僕だけの大切。
——–わぁ、オブ!ありがとう!ずっと、待っててくれて!
そう、宝物みたいにインの両手におさまった懐中時計に、僕はやっと安心する事が出来た。この時計があれば、きっと僕は、またインと会う事が出来る。そう、思えたからだ。