77:弟志望

 

 

「あーっ!アボードの兄貴じゃないっすかぁ!」

 

 この時、アボードと出会った瞬間の“あの”既視感を俺は感じた。

 

「お?」

「ん゛ん゛ん゛っ?!」

 

 そこには今朝の、あの赤毛の破廉恥男が満面の笑みで立っていた。その手には、今日一日の買い物の成果だろう。両手いっぱいに買い物袋を抱えている。

俺の正直な表情筋はその赤毛男を認識した瞬間、きちんと自分の仕事を全うした。

 

 つまり、物凄く物凄く物凄くものすごーく嫌な顔をしたのだ。

 

「おぉ、バイじゃねぇか」

「兄貴ぃ!どこ行くんすかァ?」

 

 そう、アボードにバイと呼ばれた赤毛男は、隣に立つ俺の事など一切見えていない様子で、アボードに駆け寄った。その顔は、今朝の女性達に見せるような子犬のような顔でありながら、そこに軽薄さは一切なく、本気でアボードの事を“兄貴”と慕っているようだった。

 

 もちろん、そこには俺に見せていたような小馬鹿にしたような色は一切ない。

 

「まぁ、ちょっとな」

 

 そう、一瞬だけバイから視線を逸らして誤魔化すアボードに俺は勢いよく首を縦に振った。

そう、そうだ。アボード!コイツに余計な事を言うな!絶対だ口が滑っても“飲みに行く”なんて口にするな!もしそんな事になりでもしたら――。

 

「あぁっ!もしかして飲みに行くんすか!?俺も連れてってくださいよー!いつもは他の連中と一緒でしょ?今日は兄貴を独り占めできるって事っすよね!」

「…………まぁ、その。なんだ」

 

 そう、子犬のような顔でアボードににじり寄るバイ。そんなバイの表情に、いつもの俺に見せるあの強気で“ちょういけめん”なアボードが、その力を一切発揮出来ずに一歩後ずさるのを、俺は生まれて初めて見た。

 

——–お前、アボードさんの信奉者か。

——–あの人の“弟”志望は山ほど居たが、

 

 “弟”志望とはまさにこういった人間達の事を指すのか!

俺はあの日、門番のビサイドが口にしていた“信奉者”や“弟志望”という言葉が、ストンと一気に俺の中で腑に落ちるのを感じた。となれば、世話焼きで兄貴肌のアボードには分の悪すぎる相手だ。

 

——-ここは兄貴である俺がアボードを救わねば!

 

 俺は今日得たばかりの3つの教訓を心の中で復唱した。

 

その1!思った事はその場で伝えるべき!

その2!欲しいものはちゃんと欲しいと声を上げるべき!

その3!ここぞと言う時の、勇気は

 

持つべき!

 

 

「おいっ!アボードはこれから兄である俺と飲みに行くんだ!変なちょっかいをかけるな!」

「あ?兄?」

 

 俺は胸いっぱいに体中の勇気をかき集めて拳を握りしめながら叫んだ。ついでに、アボードの前に手を伸ばして、バイとアボードの間に割り込む。

この段になって、やっっっとバイは俺の存在に気付いたのか、怪訝そうな表情で俺の顔を見つめた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その一拍、バイと俺、そしてアボードの間に妙な沈黙が流れる。

 ただ、次の瞬間バイは一気に表情を歪ませたかと思うと、腹がよじれんばかりの大爆笑を解き放った。

 

「ぶっは!!おっ!お前!今朝のっ!坊やじゃん!!あははは!坊や!」

 

 坊や、坊や、坊や、坊や。

 大爆笑の合間に、軽妙な合いの手のように入るその言葉に、俺はその瞬間、一気に顔に熱が集中するのを感じた。

 

「坊やって言うなぁぁぁぁ!」

 

 

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