82:当たり前のモノ

          〇

 

 

 

 いつもは静かな店が、今は随分と賑やかだ。

 賑やかだけど、しかし、そこには一番大事なモノが欠けていた。

 

 

「……ファー」

 

 

 いつもソコに居る相手が居ないというのは、寂しいものだ。

 静かでも、当たり前のように居てくれることが、どれほど相手に強い安心感を与えてくれていたのか、居なくなって初めて気付くなんて事は、よくある事だ。

 

「なぁ、ウィズ。ファーは大丈夫なのか?」

「あぁ、別に何かあったから病院に行かせている訳ではない。ただの定期健診だ」

「そっか。なら良いけど」

 

 ウィズの出してくれたグルフの肉の甘辛炒めを美味しく頂きながら、俺は主の居ない止まり木を見て寂しくなった。

 

 あぁ、それにしてもウィズは料理まで出来るのか。本当に酒場の店主として隙のない男だ。これで酒場は副業というのだから、この世界の神様は能力の配分について全く考えていなかったに違いない。偏り過ぎだと思う。雑か。

 

「早く帰ってこないかなぁ」

「俺も仕事があるからな。週末に迎えに行く予定だ」

「長いなぁ」

 

 大丈夫と言われても、いつも居てくれる存在がそこに居ないというのは、ぽっかりと心に穴が空いたような気がして、やっぱり物足りない。

 

「なぁ、ファーって?」

 

 すると、カウンターの左奥から顔をつき出して尋ねてくるバイに、俺はフイと顔を合わせずに答えてやった。

 

「お前には教えてやらん」

「ぶはっ!最早返しが坊や以下のガキ!笑うんですけど!」

「うるさっ!?お前本当にうるさいんですけど!」

「そう言うアンタが一番うるせぇじゃん!坊やっていつも周りが見えてないから坊やなんだよ!」

「だから、坊やって言うな!」

 

 余りにも異議申し立てばかりを打ち出したくなる言葉の数々に、俺は食べていたグルフの肉の最後の一欠けらを口に放り込むと、カウンターの椅子から立ち上がってバイに近づいた。

 その間も、その顔からヘラヘラとしたバカにしたような笑みが消える事はない。

 

「なに?俺とやろうっての?坊やには荷が重いと思うけどなァ」

「お前嫌い!」

「ぶぶぶっ!近づいて来てわざわざソレ言う!?もうほんと、笑かせないでー!俺を笑い殺させるのが目的かよ!?目論見通り、俺ってばやられそうっ!」

「お前ほんとに嫌いだ!今朝だってさぁ!」

 

 そう、笑い過ぎて酒すら手で持てなくなったバイが慌ててグラスをテーブルに置いた瞬間。

俺の後頭部に、どこか親しみさえ沸く激しい殴打音が響いた。

 

 そして、次いで俺が目にしたのは、俺の目の前、つまりバイの脳天に拳が降り注ぐ絵。

 と、同時に俺の感覚器官がはっきりと痛みの信号を頭へと送り込んだ。

 

「「てぇぇぇぇ!!」」

 

 不本意にも重なる悲鳴。それは勿論俺とバイのものだった。

 

 

 

「お前ら、マジでうるせぇな。静かに飲めねぇのか。このクソガキ共が」

「アボード、お前。本当に容赦ねぇのな」

「ガキに容赦してたら、どんどん付け上がるだろうがっ。トウお前もこのクソガキ達の面倒を見るようになったら分かるだろうよ!つーか、バイはお前の隊配属だろうが!」

「いやぁ、何故か俺はバイに嫌われてるみたいでな」

 

 俺は余りの痛みに、勢いよくその場に頭を抱えて蹲った。頭上から聞こえてくる音から察するに、どうやらバイも頭を抱えてカウンターに突っ伏しているようだ。

 

「いてぇぇぇ!ヒデェよ!兄貴!なんでいつも俺のコト邪険にするんすかー!」

「俺は自分の隊だけでいっぱいいっぱいなんだよ!?ちゃんとトウの言う事を聞け!?」

「ムリ!俺、こういう真面目一辺倒でクソつまらん男が一番キライなんすよね!隊替えてくださいよ!俺、兄貴の弟っしょ!?皆言ってましたよ!?ちゃんと契ったら弟って!」

「ちっげぇよ!?なんだよ!その制度!?ねぇよ!ってか契るとか気色ワリィ事言ってんじゃねぇよ!」

「俺はそんなに真面目ではないんだけどなぁ」

「ハァ!?休みの日も1日中剣振り回してるヤツ、俺ホンキで暑苦しくてムリ!それのどこが真面目じゃねぇってんだよ!?俺がイチバン嫌いな種類の人間だよ、テメェは!」

「トウ!お前が甘やかすからこんな悪ガキがのさばるんだよ!殴れ!」

「いやぁ、そこまではいいだろ」

「ハイ!きました!優しくて良い先輩気取りー!ムリー!」

「おい、バイ。歯ァ食いしばれ!」

 

 最早大騒ぎだ。お互い同じ職場、いや同じ騎士同士、仕事の話も交えて大いに盛り上がっている。

 

 楽しそうだな。俺も今度、アバブを連れてこようか。いや、アバブまだ17歳だった。さすがに未成年を酒場に連れてくるのは良くないだろうか。

 

「ってぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 そして再び響いた殴打音と悲鳴に、俺はとっさに抱えていた頭から手を離し顔を上げた。そこには先程よりも強い力で殴られたのか、叫び声の後、一切の声を上げずにカウンターで悶えるバイの姿があった。

 

「……ふふふ」

 

 へへ、ざまあみろ。

これは、嫌いな相手に悪い事が起こった時に使う言葉だ。昔からアボードがよく使っていたので覚えてしまった。

 

 

——–はっ!ざまぁみろ!いいか?俺に勝とうなんて100年早ぇんだよ!バァカ!

 

 

 アボードは子供の頃から喧嘩などで相手を打ち負かし、負かした相手が泣きを見ている時に、そりゃあもう悪い顔をしてこの言葉を言っていたものだ。

 そんなアボードの姿が俺にとっては、とてつもなく格好よく見えていたので、いつか使ってやりたいと思っていた。

 

「ざまぁみろ」

 

 そう痛みに耐えながら口にしてみたが、悲しいかな俺自身もそこそこ“ざまあ”を見せられている為、全く格好がつかない。まぁ、そもそも“ざまあ”が何なのか、俺はさっぱり分かっていないのだが。

 

 頭の上では、苦笑いするトウと、怒り心頭と言った様子のアボードの声が聞こえてくる。

 

「クソガキが、悶えながら何言ってんだよ」

「っいいだろ!ちょっとくらい!」

「おい、まず座れ。酒くらい黙って飲めねぇのか!ったく」

 

 そう言って怒鳴りつけてくるアボードに、俺は後頭部の痛みに耐えながら、すぐにその場に立ち上がった。チラリとカウンターの方を見れば、未だにバイは頭を抱えてのたうち回っている。

 

「軟弱者め」

 

 俺の言葉にバイは視線だけ寄越して睨みつけてくるものの、痛みのせいで返事ができないのか何も言ってこない。

 

 本当にざまぁ見ろ、だ。

 この拳に対する耐性に関して、俺の右に出る者はまず居ないだろう。全然嬉しい耐性ではないが、受けてきた拳の数が桁違いなのだ。

 

 

あぁ、そうさ!言ってて悲しくなる程にな!

 

 

 

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