83:年齢

 

 

「……いい加減、弟の癖に俺をクソガキ扱いするのは止めろ!」

「あ゛ぁ!?んなこたぁ、テメェが兄らしい振る舞いを出来るようになってから言え!?」

「人はそのように扱われていくうちに、そうなって行くものだって誰かの前世の話で聞いたぞ!まずお前が俺を兄と呼ぶ事から始めろよ!」

「誰が!?死んでもテメェを兄なんて呼ぶか!このクソガキ!」

 

 今更。あぁ本当に今更な口論だ。

 この議論に関してはお互い口が利けるようになってから何度となく行ってきている。それなのに、未だ結果は出ず、平行線を辿る案件だ。

 この場でどうにもなりようがない。

 

 俺は片手で後頭部をこすりながら席に着くと、どこか驚いたような表情で此方を見つめるウィズに「ごめん、うるさかった?」と声をかけた。

 

 すると、ウィズはその驚いたような表情の後、一拍の後、言いにくそうな顔で口を開いた。

 

 

「兄と、いうと、お前は彼より先に産まれたという事か?」

「え?なに?まぁ、そうだよ?その疑問なに?兄って言葉、まさかウィズ知らなかった?」

「……アウト。お前はいくつなんだ?」

 

 そう、驚くほど神妙な顔で尋ねてくるウィズに、俺は思わず眉を顰めた。これは、予想でしかないが、俺はウィズにとてつもない勘違いをされているのではないだろうか。

 

「もうすぐ26歳だけど」

「…………まいったな」

 

 俺の言葉にウィズが思わず口に手を当てる。

 その動作のなんとまぁ、優雅で優美な事だろうか。絵師を読んで絵画にでも残した方が良いんじゃないんだろうか。

 そして、どうして俺の年齢をきいて、トウや先ほどまで頭を抱えて悶えていたバイまで黙るのだろう。

 

「俺が26歳で、何か問題でも?」

「いや、その……悪いな。まさか、俺より年上だとは、思いも寄らなくてな」

「へ?」

「しかも。2歳も」

 

 ウィズの思いも寄らぬ言葉に、俺の思考は一旦停止した。俺の2つ下?という事は、ウィズは今。

 

「24歳?」

「まぁ、前世を含むこの世界で、余り年齢など大きな問題ではないからな」

「え?何ウィズ。急に気を遣いだしたけど、それどういう感情?」

「ぶははははは!無理無理!!坊や!26歳の坊やだった!俺より6個も上かよ!?」

「……え?6つ上?」

「アウト。なんだ、その。若く見えるって事は良い事だろ!俺なんか、よく年齢より上に見られる事が多いから羨ましい限りだ!そんな俺より3つも年上で若く見られるなんて、いや本当に羨ましい……うん」

「トウ、最後の方勢いなくなってるけど、それどういう感情?」

 

 各々好きな反応を見せてくる中で、アボードは一人大きなため息を吐きながら酒を飲み続けている。発覚したのは、この軒並み体格と容姿に恵まれた連中の中で、俺が一番年長者だという事。

 

「……アウトが俺より年上。信じられない」

 

 そう、未だに噛み締めるように呟くウィズに、俺は最早げんなりした気分になった。

 

 どうやら、俺は全員から年齢をかなり下に予想されていたらしい。

 まぁ、別にこんな事は余り珍しい事ではないのだが、どうしてもバイの大爆笑が、しつこく耳にまとわりついてきて苛立ちが止まらない。

 

「ウィズ!おかわり!」

「……アウト、お前は本当に」

「なんだよ」

「面白い奴だな」

「そうですか、そうですか。俺はウィズが24歳って事にも驚いてるけどな!?」

「ほう、俺はそんなに老けて見えるか?」

 

 そう、その美しい顔に、その目尻に、その口元に、刻みつけられた笑い皺に、俺は“老ける”という概念が、頭の中から崩壊したような気分に襲われた。

 あぁ、どうしてこうも全ての造形が美しく表面化できるのだろう。本当に神様というのは人間への能力配分を偏らせ過ぎている。贔屓か。

 

「顔が良いヤツには分からんさ。みーんなから、チヤホヤされてさー。あの窓掛の店のお姉さんだって、俺が最初に店に入ったのにバイの事ばっかり見て、俺の事なんか見向きもしないで」

「っごっめーん!俺が格好良すぎるばっかりに!」

 

 腹が立つ程に子犬のような笑顔を浮かべたバイは、舌を出して後頭部に手を当てている。

あぁ、思い出しただけでも腹が立つ!俺はまだあの窓掛の恨みを忘れた訳ではないのだ!

 

「窓掛?」

 

 俺が突如吹き返してきた強い憤りの中に立ち尽くしていると、俺の前に新しい酒を置こうとしてくれていたウィズがハタと手を止めて俺の方を見た。そういえば、今日は俺に自分で酒を注げとは言ってこない。

 もしかしたら、ウィズはウィズで機嫌の悪かった俺に最初から気を遣ってくれていたのかもしれない。

 

「部屋の窓掛を新しく替えようと思って買い物に行ったんだ。ほら、俺の部屋って狭いからモノは置けないだろ?ウィズの言うように工夫しようと思って」

「確かに窓掛も部屋を彩る調度品の一部だ。しかも場所は取らないし、必ず要るものだしな。ちゃんと考えてるじゃないか」

「……!うん!」

 

 ウィズに褒められた。

 俺はその事実だけで、今日一日の様々な“嫌な事”が一気に払拭された気がした。今だったら、アボードが俺を“クソガキ”と呼ぼうと、バイが“坊や”と呼ぼうと全部どうでも良いと思える気がする。

 

 あの窓掛も残念だったが、また良いのを探せばいい。

 

「窓掛の店なら、良い店があるぞ。アロングと言う店で」

「アロング!今日行った店だ!」

「なんだ、知っていたのか。あそこは本当に良い店だろう?取り揃える窓掛の種類もさることながら、仕入れを世界中で行っているから1点モノも多い。けれど、その分掘り出し物も沢山ある。この店の階段の戸の窓掛も、机上に引くテーブルマットも、全てあの店で購入したモノだ」

 

 そう言って店内を見渡すウィズにつられて、俺もカウンターから振り返って店内を見渡す。隣で微かに動く気配を感じる事から、アボードやトウ、それにバイまでもが視線を移しているようだ。