「窓掛の専門店といいつつ、あそこは布類全般を取り扱う店だからな。頼めばどんな素材の布も対応してくれる。そろそろ俺も、店の布類を冬仕様に替えようと思っている」
「冬支度……」
「そうだ。特に窓掛一つで部屋の温もりは大いに左右される。マナ結石で部屋を暖めなくとも、それで寒さは大分緩和されるからな。それに、季節ごとに窓掛けを替える事は、面倒ではあるが楽しくもある」
「まって!メモさせて!」
「これは、メモが必要か?」
「いる!今日は買えなかったから、また週末買いに行く!その参考にするんだ!」
俺はきっとこれから流れるように口に出されるであろう、素敵な部屋への知識の川の流れに乗り遅れないようにと船出す、いやメモを出す準備をする。
乗り遅れてはならない。俺はウィズに教えてもらった事を基に、今日見つけた“あの”窓掛よりもずっと良いモノを見つけるのだ。
「週末か、それなら一緒に買いに行くか?なんなら、アウト。お前の部屋の窓掛を一緒に選ぶ手伝いをしてやろう」
「へ?」
「週末だろう?どうせ俺も新しい布の仕入れをしたかったし、その日は……ファーも迎えに行く。どうする?」
ウィズからの思いも寄らない提案に、俺は今日一日がとても良い日だったと心の中で評価を更新した。
「…………!」
お気に入りの窓掛を横取りされたり、昼食のオフラを鳥に取られたり、アズからモデルを断られたり、たくさんのペア達に囲まれて一人で夕日を見たり、アボードに見つかったり、バイに無理やり店まで乗り込まれたり。
本当に散々な1日だったけれど、それもこの瞬間で全て塗り替わった。
——あぁ!なんて今日は良い1日なんだろう!
「行く!一緒に行こう!ウィズ!」
「それなら、そのメモは仕舞っていいだろう。さぁ、酒を飲め。今度はさっきの酒を湯で割ったモノだ。今日は冷えるからな」
「うん!」
目の前で湯気を立てる100年物の酒に、俺は顔を緩めながらゆっくり喉を潤した。あぁ、ロックで飲んだ時よりも格段に飲みやすくなっている。
良く見ると色味の鮮やかなクエンも入っているじゃないか。通りで爽やかさが増していると思った。
それに、当たり前だが、湯割りは何と言っても暖かい。体の芯から暖かくなりそうだ。
「一緒に行く?やめといた方が良いと思うなー!」
「……なんでだよ?」
気分良く酒に口を付けていた俺に、何故か悔しそうな色を含んだ声で口を挟んでくるバイ。そんなバイに俺はハッキリと眉を顰めてやった。
「俺の時の二の舞だと思うケド?坊や」
「坊やじゃない!」
「こんな格好いいマスターと買い物にでも行ってみなよ?だァれも、坊やなんか見ないよ!無視されるに決まってる」
「うるさいな!お前に関係ないだろ!?」
「俺は坊やを心配してやってんの!ただでさえ坊やは坊やなんだから」
何故か妙に突っかかってくるバイに、俺は拳を握りしめた。なんでコイツはこうも俺をバカにしてくるのだろうか。俺がアボードの兄貴だっていうのがそんなに気に食わないのか。意味が分からない。
「いいんだよ!俺は他の人に無視されても、ウィズが俺を無視しないならいいんだ!」
「っは!坊やはそんなガキだから、年相応に見られないんだ!どうせ、忘れられない女の一人や二人も居ないんだろ?坊やには!」
また“坊や”か。
坊や坊や坊や。あぁ、うるさい。
「……俺だって坊やで居たかったさ」
「は?」
俺は手元にある暖かい酒を両手で包むように持つと、透明な酒に映る自分を覗き込んだ。今日のグラスは分厚く、色も青黒い円柱型をしている。そのせいで、透明な酒もどこか薄暗い。
まるで洞窟の中に居るようだ。
グラスの中は真っ暗で、映っていた自分の顔がいつの間にか見えなくなっていた。
——あんなのの、何がいいんだ。
ここは、暗くて、狭くて、出口の見えない洞窟の中。
どちらが前で、どちらが後ろで、果たして俺はどちらから来たのだろう。
——-気持ち悪くて、べたべたして、痛くて、苦しくて、吐き気がする。
ここには誰かと来た筈なのに。
誰かと一緒に来た筈だったのに。
手を繋いで貰っていた筈なのに。
どうして俺は、今一人なんだ。
どうして―-―――は、あの日の帰り、僕の手を繋いでくれなかったんだろう。
——-僕がいけないことをしたから?
その瞬間、グラスの中の黄色いクエンがフワリと浮いてきた。それと同時に、グラスから消えていた俺の姿も微かに浮かび上がる。
あぁ、そうだ。ここは洞窟なんかじゃない。ウィズの酒場だ。
「…………」
いつの間にか、騒がしかった筈の店内から人の声が消えている。店内にいつも流れている弦楽器の音が、今更になって存在感を表し始めた。
——-あれ?俺は今、一体何の話をしてたっけ?