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——–いいか?アウト。空腹のまま急に酒を飲むな。悪酔いをするからな。飲む前に、野菜類を最初に摂っておくのが一番だが、それが難しい場合は……もう何でも良い。酒以外の水分を摂れ。あと、出来るだけアルコール度数の低い酒から飲むようにすると、次の日への影響が随分穏やかになる。
「うう、わかってる。わかってるけどさぁ」
俺の頭の中でウィズが腕を組みながら言って聞かせてくる。
そう、これはいつだったかは忘れてしまったが、酒を飲む際の“たしなみ”としてウィズが俺に教えてくれた事だ。
静かに、しかし大量の知識と経験を兼ね備えるウィズの言葉は、強制力がある訳でもないのに、何故か非常に俺に対して強い効力を発する。
「でも、野菜なんて、うちにはないし……」
しかも、今ある酒は、あの“酒飲み殺し”と称されるゼツラン酒の最高級酒ポルフペトラエアしかない。もし、そんなものを、何も口に入れぬまま一気飲みをする姿を、ウィズが見たらどうだろう。
「……ウィズ、怒るかな。いや、絶対怒るよな」
いや、見られる訳ではないのだが、俺の中に住むウィズは俺の愚行を余す所なく見ている。
すると、どうだろう。
俺の中のウィズは頭を抱え呆れたように溜息を吐くのだ。そして、次の瞬間には良い笑顔でこう言うに違いない。
——-アウト。俺は以前、お前に悪酔いしない方法を説明した筈だったが、もう忘れてしまったのか?いや、いいさ。メモを取っていなかったんだろ?アウトは物覚えが悪いからメモが無いと覚えられない事は分かっていた。メモを取るように言わなかった俺が悪かったのかもしれないな。さぁ、二人で鳥に謝る準備でもしようか?
「っ!ごめんなさい!」
俺は誰も居ない筈の共同台所で思わず声を上げて謝ると、オロオロと何かないかと探し始めた。
どうせなら、寒いし体の温まるモノが良い。しかし、自炊をしない俺の冷結庫は、いくら中を覗いて見ても、食べ物などは一切入っていない。
あるとすれば朝食として用意しているパウの乳くらいだろうか。
「っは!パウの乳!」
——-飲む前にパウの乳を呑むと、酔いにくくなる。
そう、ウィズに出会った当初にそう言っていたのを、俺はとっさに思い出した。確かあれは嘘だと言っていたが、いや、しかし飲む前に何か口にするのが大事なのだとウィズは言っていたではないか。
それならパウの乳でも良い筈だ。
「コレをあっためて飲めばいいんだ!」
俺は急いで小鍋に瓶に入ったパウの乳を入れると、灼石の上に鍋を置いた。早く準備して戻らないと、きっとバイが早くしろと騒ぎだすに違いない。
俺は鍋の中でグツグツと音を立て始めたパウの乳に、俺は頭の中のウィズが小さく笑いながら「それでいい」と言ってくれる声が聞こえた気がした。
「へへ」
俺の中のウィズが笑っただけ。それなのに、こんなに俺まで嬉しくなる。実際にウィズから何か言われた訳ではない。なのに、なのに。
———分かってるじゃないか。アウト。
あぁ、やっぱり俺こそ一番“ちょろい”ヤツじゃないか!
俺はニコニコしてしまう顔を止められぬまま、温まったパウの乳をグラスへと注いだ。