106:説教-ウィズ-

 

 

「でも、でもな?ウィズ、これは俺達にとって重要なギロンなんだよ。どこかで決着をつけなきゃいけないんだ!」

「そうだぜ!マスター!この件が片付かない限り、俺達は永遠に分かり合えないんだ!」

 

 俺はカウンターの内側から、バイはウィズの左隣から互いに身を乗り出して熱い想いをぶつけてみる。しかし、俺達がどんなに必死に熱い想いを口にしても、ウィズはいつものスンとした表情で、俺の注いだ酒に静かに口を付けるばかりだ。

 

「おい、お前らが何を言い争ってるかは知らねぇが、これ以上うるさくなるようなら俺の拳でテメェらを二人とも終わらせるが異論はないか」

「本当にアボードは容赦ないな」

 

次いで、声を上げるのは、静かだが明らかな怒気を含んだ言葉を放つアボードと、その隣で苦笑を漏らすトウ。

 

現在、このウィズの酒場に居るのは、最早いつもの5人と称して良い程に馴染みきった成人男性5人の顔ぶれだった。週末の休みまであと少しとなってきた今晩。この酒場の客はたった5人にも関わらず、多いに盛り上がっている。

 

まぁ、基本的に盛り上がっているのは俺とバイの二人なのだが。

 

「兄貴!男には避けられない、譲れない戦いがあるって言ってたじゃないっすか!?どうか!どうか見守ってくださいよ!」

「なら、他所でやれ」

「兄貴ぃぃ!」

 

 アボードのすげない言葉に、バイが物理的にアボードに縋りつく。そんなバイにアボードは面倒臭そうに片手でバイを引きはがした。

 

「ざまぁみろ」

「るっせ!」

 

 アボードに無理やり引きはがされてしょんぼりとした表情を見せるバイに、俺は良い気味だとばかりにニヤニヤとバイを見やった。

 

 さて、それではどうやってバイとのカイシャクチガイに決着を付けてやろうか。

 そう、俺がカウンターの内側で腕を抱えた時だ。

 

「アウト」

「ん?」

 

 静かに、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

やっぱり良い声だな。なんて、俺が呑気にウィズに視線を移してみると、そこには先程までとは明らかに異なる雰囲気を醸し出すウィズの姿があった。

 

「アウト。酒の嗜み方で、最もやってはならない愚行があると以前、お前には話した事があったと思うが、覚えているか?」

「あ、えっと」

 

 その問に、俺はヒュッと呼吸がリズムを崩すのを感じた。

いや、ヤバイ。これは、ウィズは、完全に――。

 

「覚えていないようだな。アウト。いや、いいさ。メモを取っていなかったんだろ?アウトは物覚えが悪いからメモが無いと覚えられない事は分かっていた。あの時、メモを取るように言わなかった俺が悪かったのかもしれないな。さぁ、二人で鳥に謝る準備でもしようか?」

 

 怒っている。

 

 そして、これは余りにもどこかで聞いた事がある台詞だ。

あぁ、どこで聞いたかって?そりゃあ、俺の心の中のウィズに決まっているじゃないか!やっぱり俺の心の中に住むウィズは、ホンモノと遜色ない再現度だという事が、ここに証明された。

 

「だが、鳥に謝る前に、もう一度説明しておこうか。アウト」

「……」

 

 どうしよう。

冬の寒い夜だというのに、嫌な汗が背筋を幾重にも流れていくのを、俺は茫然とする意識の隣で他人事のように感じていた。

 

「アルコールを急に、しかも大量に摂取する事は血液中のアルコール濃度を増加させ、そのせいで分解が追いつかず最終的に意識の昏睡、混濁を催す。呼吸も麻痺する可能性もある事から、酒の一気飲みは最悪“死”を招きかねない愚行だ。そう、以前に伝えたと思うのだが」

「あ、えっと」

 

 そう、合間に静かに酒を飲みながら、一見いつも通りに見えるウィズから懇々とした言葉を放たれる。それに対し、俺は返事すら上手くできないでいる。

 

「しかも、今お前が一気飲みを勧めた相手は誰だ?」

「……えっと、ちがくて」

「俺は誰に一気飲みを勧めたかと聞いているんだ?アウト、聞こえているか?それとも、俺の問いを理解できないか?俺はそんなに難しい事をお前に尋ねたか?」

 

 こわい。本当に怖い。

アボードと違って暴力を振るってくる訳でも、怒声を浴びせてくる訳でもないのに、このウィズの怖さと言ったらアボードの比ではなかった。

 

「…………」

 

そんな俺とウィズのやり取りに、騒いでいたバイまでもが、いつの間にか黙ってこちらの様子を伺っている。

それはまるで、学窓で喧嘩していた相手が、自分の予想を遥かに超えて教師に怒られている姿を見てしまい、逆に相手の心配をしてしまっているような表情だった。

 

「……バイ」

「そうだな。お前は彼が酒を弱いと分かっていて、一気飲みを勧めた。合っているか?合っているなら復唱するといい。“俺は酒の弱いバイに一気飲みを強要しました”と。違うのであれば、反論を言ってみろ。聞こうじゃないか」

 

 一つ一つ、俺に確認し、しかも多少言葉の表現を過剰にして、俺の口から言わせようとしてくる。お陰で、俺の中に埋め尽くしていた恐怖の中から、ポツリポツリと罪悪感が生まれてきた。

 

 ここで、このウィズ相手に反論なんて、今の俺にはできっこなかった。

 

「……俺は、酒の弱いバイに、一気飲みをきょうようしました」

「そうか、それは酷い話だな」

「う、うう」

 

 ほぼ強制的に言わせたようなものなのに、ウィズの俺を見る目はどこまでも冷たい。

 

「もともと、酒を飲んで顔が赤くなる相手というのはアルコールの分解速度が遅いという事だ。そうなれば、一般人よりも中毒の危険性も増す事になる。さて、言い方を変えた方がアウトには分かりやすいだろうから、ハッキリ言う」

「…………」

「アルコールの弱い人間に一気飲みを強要する事は、相手に死ねと言っている事と同義だ。いいか?アウト、しかりと覚えておけ。酒を楽しく嗜めない人間には、飲む資格はない。もしまた、お前が同じような事を他者に言った時には、この店にお前の席は無くなる事になる」

 

 最後の言葉に、俺は思わず目を見開いてしまった。まさか、あんな軽口の一つで、ここまでの事になるとは。

 「俺の席が無くなる」という事はもう店には入れないという事。それはすなわち「店には来るな」という事だ。

 

俺はウィズの目を真正面から見つめながら、思わず表情が歪んでしまうのを止められなかった。最早、他3人からの視線が強くなっている事なんて、俺の中ではどうでも良い事である。

 

「…………いやだ」

「そうか。なら、どうしたらいい」

 

 ウィズのスンとした表情は止まない。それがなんとも怖くて、悲しくて俺は表情を歪めたまま、居心地の悪そうなバイへと視線を移した。

 

「バイ」

「な、なに」

「ごめんなさい」

「あっ、えっ、いや。別にいいケド。えっ、お前、大丈夫?」

 

 最早、言い合いをしていた年下の相手から心配される始末。きっとそれほどまでに、俺の表情は酷いものだったのだろう。

なにせ、ウィズから最初に出会った時以来なのだ。こうもハッキリと「店から出て行け」という旨の事を言われたのは。

 

 ショックだ。本当にショックだった。