115:多数決

 

 

「なぁ!バイ!そうだよ!ここに居る皆にも、教本読んでもらって、どっちの読み取り方が合ってるか、多数決で決めよう!ちょうどここには3人居るし、これだったら決着がつかないなんて事はないだろう?」

「……ふうん。多数決か。確かにそれなら文句はないな」

 

 バイの了承も取れた。俺はそれならば早速とカウンターの中に放り投げっぱなしになっていた鞄を拾い上げると、ゴソゴソと中から“あの”教本を取り出した。

 

「皆でこれ読んで!俺とバイのどっちの読み取り方が正しいか、言ってくれないか!」

「ムリ。俺、本とか読めねぇから」

「アボード!それがこの教本だけはちょっと普通の本じゃないんだ!マンガって言って、すっごく読みやすいし面白いんだ!」

「漫画?あぁ、教本って漫画の事か、それなら俺でも読めそうだ」

 

 なんと、アボードは“マンガ”の事を知っていたようだ。それなら話は早いと、俺はカウンター越しに教本をアボードに手渡す。それに促されるように、トウもアボードの席の隣に座り、教本を共に覗き込み始めた。

 

 俺はそんな二人の様子に満足すると、今度は俺の事をジッと見つめ続けるウィズに目を向けた。

 

「ウィズも読んでよ。ウィズは専門家なんだろ?」

「お前がこないだビッチ受けの本と言っていたのはコレだったか」

 

 少しだけ呆れた様子でウィズもカウンターの席に着く。しかし、ウィズは教本を覗き込み合う二人をチラと横目に見ると、何事もなかったかのように空になったグラスを俺の方に差し出してきた。

 

 これは、酒を注げと言っているのだろう。

 

「ねぇ、ウィズも読んでよ」

「……俺のように答えのあるモノの釈義を説く事と違って、物語の釈義など、人それぞれ読み手次第でいいじゃないか」

「ウィズ、俺の事、面倒だと思ってるだろ!」

「まさか。俺がお前を面倒だと思う訳ないだろう。俺にとってお前は最優先事項だ」

「ぐ」

 

 ウィズが一向に教本の方を見てくれない事にもどかしさと、スンとした表情で放たれる素直な言葉に言葉を詰まらせるしかなかった。

こんなの、とてもつもなくズルい。何がどうズルいのかは俺自身にも分からないが、とりあえずズルい。ズルい!!

 

「ウィズ!だったらお願いだよ!俺はどうしても知りたいんだ!ビッチウケとハラグロゼメの気持ちを!バイは俺と全然違う読み取り方をするから、どっちが正しいか知らなきゃ、もし続きが出てきても物語の先が全然入ってこなくなる!」

「……はぁっ。まったく」

 

 俺の全身全霊の要求にウィズはわざとらしく溜息を吐くと、コンコンと差し出していたグラスでカウンターの机を叩いた。

 

 あぁ、もう!なんて憎らしいヤツなんだ!

 なのに、顔が良いとそんな不遜な動作すら様になるなんて。まったく本当に世の中って不公平だ!

 

 俺は差し出されたグラスに、先程の酒を勢いよく注いでやった。ついでに反省中の俺とバイ用にルビー飲料を空いたグラスに注いでいく。いくらアルコールを今晩は謹慎とするにしても、水では余りに味気ない。

 

「ほら、バイ。ルビー飲料。霜氷はいるか?」

「えーっ!そんな子供の飲み物嫌なんだけどぉ。3個」

「嫌がりながらもちゃっかり数言ってくるお前のそういうとこ、好きだよ」

「野郎から好かれても嬉しくねー!」

「俺だって、ルビー飲料注いでやるなら可愛い女の子相手のが嬉しいよ」

「はぁっ!?何ソレ意味わかんねー!可愛い女の子と格好いい俺が並んで、俺選ばないとかお前ほんと頭おかしいんじゃねぇの!?」

「いや、なんでそうなるんだよ!お前と女の子だったら女の子に決まってるだろうが!」

 

 というか、なんでお前は急に可愛い女の子と張り合い始めてるんだよ!

 

「……お前らは自分達の読んでるものがどういったものか理解してるのか?」

 

 俺達の言い合いに、隣から呆れたような声を上げるウィズに俺はハッとした。バイとの無意味なやり取りのせいで忘れていたが、ウィズにも教本を読んでもらわなければならないのだった。

 

「なぁ、なぁウィズ。お願いだよ。もしあの二人の意見が分かれたら、決着がつかないだろう?それに、普通に面白いからおすすめとしても、ウィズには是非読んで欲しいんだ」

「……意見が分かれる事はないと思うがな」

「そんなの分かんないだろ!じゃあなにか?ウィズは読む前から答えを知ってるっていうのか!?」

「ああ」

 

 ああ。

 そう、何の気なしに頷くウィズに俺は自分の目が、自然と大きく見開いてしまうのを止められなかった。

 

「なんで!?」

「なんで……って。アウト、お前は自分で攻めを腹黒攻めだと言っていたじゃないか」

「ん?ハラグロゼメがどうしたって?」

「……お前、また言葉の意味も分からず使っているな」

 

 最早、お馴染みになりつつあるウィズの呆れ顔に、俺は何故ウィズがそんな顔をするのか、まったくもって意味が分からなかった。ハラグロゼメはハラグロゼメだろう。それが一体何だと言うんだ。

 

「はあっ。一旦この話は止めだ。もし、あの二人の読後の意見が分かれるような異常事態になったら、俺も読んでやろうじゃないか。まぁ、そんな事にはならないと思うがな」

「……約束だからな!絶対だぞ!もし、約束を破ったら」

「破る訳ないだろう。俺がお前との約束は違えるなど、あり得ない」

「いや、あのさ!さっきからちょこちょこ思ってたんだけどね!ウィズさん!急にそういう台詞を真顔で挟むのやめてくれないかな!?」

「何故だ。俺は素直に心の内を口に出しているだけだ。お前のようにな」

「ぐうう」

 

 そう、どこか余裕すら感じられる表情でウィズはそこからは黙って酒を飲み始めた。ウィズの素直になるという宣言は、実のところ、今後は俺をからかって遊びますという意味だったのではないだろうか。

 これがウィズのただの俺をからかう為の遊びだとしても、俺はそれを“遊び”として受け取る事が出来ない。

 

 俺は酒も飲んでないのに熱くなる顔を冷ますように、氷いっぱいのルビー飲料を一気に飲み干した。

 

 

 あぁっ、なんて甘い飲み物なんだ!

 

 

 

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