119:遅すぎた理解

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「———って感じで皆の紹介終わり!アバブ!覚えた!?」

「えっと……そっすねぇ」

 

 俺はひとしきり4人の説明を、端的に、分かりやすく、そして覚えたての“ビィエル”の表現技法を用いてアバブに説明した。“ビィエル”歴もそこそこになってきた俺からすると、随分上手に表現できたのではないだろうか。

 

「俺、結構うまく皆の説明できたと思うんだよね。どうだった?」

 

 アバブは俺の説明を聞きながら、何度か「え」「は」「ちょっ」という短い戸惑いの声を上げていたが、きっとあれは感嘆のあまり声を抑えられない状況、というヤツだ。

 

「…………」

「アバブ?」

 

 

 あぁ、アバブ。今はきっとアバブは歓喜の余り言葉を失くしているに違いない。

 以前アバブが言っていた。“ふじょし”は感極まると言葉を失ってしまうという、幸福に満ち足りた状態になっているのだろう。

 

「アバブ?嬉しい?」

「……えっ、あっ、ハイ。そっすね。眼福ではあります。いや、ちょっとそれは一旦置いとくとしてですね」

「なに?何かあるなら何でも言ってよ!この手札でアバブの望みを叶えられない事なんてないからさ!」

「いや、そういうんじゃなくって。えっと」

 

 アバブは俺の言葉を一旦遮るように掌を俺の前に突き出すと、片手で自身の鞄の中から1枚の紙袋を取り出した。

 

「その節はどうもありがとうございました。ちょうど、今日コレをアウト先輩に返そうと思っていたんすけど、ご本人に会えて本当に良かったです」

 

 そう言ってアバブが紙袋を差し出した相手は、バイだった。当のバイはと言うと、そんな事すっかり忘れていたのか差し出された紙袋に「は?」と首を傾げていた。

 

「こちら、洗濯してあります。あの日は寒かったのに、本当にご迷惑をおかけしました!」

 

 アバブは普段の言葉遣いからは考えられないような丁寧な口調でバイの前に立つと、被っていた毛糸の帽子をわざわざ脱ぎ、深々と頭を下げた。そんなアバブにバイはやっと紙袋の中身に合点がいったのか「なんだなんだ?」と好奇心満載で紙袋を覗き込もうとするアボードの前へ立ち、慌てて手を振った。

 

「いや、いいって!いいって!その事はもういいから!ね、もう大丈夫。ちょっ、兄貴!上着、これただの制服の上着っすから!別に食べ物とかじゃないっすから!」

「ちぇっ、なんだ。お前がまた女引っかけて貢がれてんのかと思ったけど、違ったか。お前、上着貸してやるとか、ほんとガキの癖にやる事がキザだな。女の扱い方なんて、あのド田舎の北部で傭兵やってて、どこで覚えてくるんだよ」

「人聞きの悪い事言わないでくださいよ!?」

 

 我が弟ながら本当に見ていて恥ずかしい光景である。まったく、本当に困ったはいすぺいけめんだ。そう、俺は兄として恥知らずな弟を諫めようと一歩前へ出た時だった。

 

 それまで、ピシャリとお頭を下げていたアバブが、顔を上げ、なんて事ない声で言い放った。

 

「いえ、あの時は私が生理による出血で服を血まみれにしてしまったので、それを隠す為にバイさんが上着を貸してくださったんです。あの日は体もきつかったので、余りそういった所に気が回っていませんでした。バイさんがいらっしゃらなかったら私は気付かずに街を闊歩していたところだったので、本当に感謝しています」

 

 生理。出血。

 その言葉に、俺達男は教本上でしか知らない女性の身体的仕組みに、一瞬唖然とした。まさか、こんな何でもない、なんてことない場面で、そのような言葉に出くわすは思ってもみなかったからだ。

 

 そして、バカな俺はやっと分かった。アバブが2日間も仕事を休んだ理由も、“あの日”アバブが泣きそうになりながらバイに頷いた理由も。

 

 最早遅すぎる程だけれど、やっと知るところとなったのだ。

 

「アバブちゃん!わざわざ言わなくていいんだって!言いたくない事は、言う必要ないんだよ?わかる?我慢もしなくていい、けど、言う必要のない事は、やっぱり言わなくていいんだからね」

「……ああ!すみません!ごめんなさい!私、ちょっとまだそういう感覚に疎くて。ただ、すみません。アウト先輩の弟さん。バイさんは、キザな行為として私に上着を貸してくださったわけではない事だけは、分かって頂ければ幸いです」

 

 そう、再びアボードに向かって体をパキリと折るようにお辞儀をするアバブは、本当に俺の知っているいつもの“アバブ”なのだろうか。もしかして、俺の知っているアバブは、アバブのほんのちょっとでしかなくて、もっともっと広範囲のアバブは別のところにあるのか。

 

 アバブの“本当”は一体どこにある?

 

「あ、いや。こっちこそ無粋な事を言って悪かった。俺の親族がいつも世話になってる」

「言い方……!」

 

 少しだけしんみりしていたのに、アボードの俺の表現方法に、俺は最早頭を抱えてその場に蹲りたい気分だった。親族って……いや、確かに兄弟も広義な意味での親族なのだろうが!

 それにしたって言い方よ!

 

「……さて、やっと一つ、心のつっかえが取れました。では、アウト先輩、さっそく聞きますけど。この眼福イケメン集団を私の前に連れてきたのは何でっすかね?」

 

 そう、俺の方に目を向けてきたアバブはやっと職場で共に無駄口を叩き合う、“いつもっぽい”アバブになっていた。取っていた毛糸の帽子も、俺の前では、またいそいそと被り始めている。

 

「そう!今日は皆でアバブにお願いがあって来たんだよ!ほら、これ!」

「ん?」

 

 今度は俺が鞄から、あのアバブから借りている“教本”を取り出した。取り出した瞬間、アバブは短い悲鳴を上げたかと思うと、俺から教本を奪い取り自身の鞄へと仕舞い込んだ。

 

 あれ?もしかして、もう返さないといけなかっただろうか。

 

 

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