146:赤ちゃんの行方

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『ニアとフロムの赤ちゃんはいつ家に来るのかなあ!』

 

 

 その時のフロムの顔を、俺は一体どう形容して良いのか全く分からなかった。

 

その日は久々に、最近では忙しかった3人が、幼かった時のように一同に森の川べりに介していた。本当は原っぱで寝転がって喋っていたのだが、残暑が厳し過ぎて、そんな事はしていられなかったのだ。

 

『ニアが16歳になったら来るのかな?』

『……イン、お前それ本気で言ってるのか?』

『なにが?』

『何がって……』

 

 インの何気ない追撃は止まない。

 

現在、俺達男3人。

俺と、フロムと、そしてインはズボンを捲し上げ、川の冷たい水に足をつけていた。こんなに暑くても、川の水はツンと冷たく心地が良い。

 

けれど、そんな心地よさなど他所に、俺はインの行動が気がかりで仕方なかった。そう、“行動”に対する懸念だ。決して冒頭のインの台詞にではない。

俺の懸念は、インが暑さの余り服を脱ぎ捨て始めないか、というただ一点に対してだけ向けられている。

 

『昨日ニアが言ってたんだ。アフター姉さんの所に赤ちゃんが来たって!まだ全然分からないけど、お腹に居るんだってさ!』

『へぇ、知らなかった。そりゃあ、おめでたいな』

『お祝いしないとね』

 

俺とフロムは互いに真ん中で水を蹴るインに目を向ける事なく、ただまっすぐ前だけを見て答えた。

アフター姉さんというのは、去年幼馴染の男性と縁組したばかりの女性だ。特別美人という訳ではないのだが、優しくて、気立てが良くて、子供の頃は、俺達はよく怪我をしたりすると彼女の世話になっていた。

 

 そして、女の子達の中では『アフター姉さんみたいになりたい』という事で定評がある。例に漏れずニアもその一人で、よく彼女に懐いていた。

 

 そっか。アフター姉さん。子供が出来たのか。

 

『ニア言ってたよ!早く私も赤ちゃんが欲しいって!いつ来るのかなって!』

『『…………』』

 

 子供の作り方。

 まだ先日13歳になったばかりのニアならまだしも、もう15歳になるインがその事を知らないとは、一体どういう事だろう。というか、この町のその辺の教育は、今までどの機会にどのように行われているのか。

 

『……問題だな』

 

 俺は思わず漏れ出る言葉を止められなかった。

 いや、多分各家庭によるのであろうが、インの家庭は遅すぎるとも言える。下に女の子のニアが居る分、その辺りには敏感なのかもしれないが、これは、もしかしてとんでもない事なのでは――。

 

『オブ、お前』

『……なんだよ』

 

 何故そうも恨みがましそうに俺を見るのだ。俺はフロムからの視線に耐えかねて、ふと視線を逸らした。

 

 けれど、フロムから目を逸らしても“現実”からは目を逸らす事は出来ない。

 そう、俺はインと二人で行う“行為”について嫌が応でも頭を過らざるを得なかった。ピチャリと隣で、インが川の水を蹴る音がする。

 

 あぁ、昨日もこの川には来た。インと二人で。もっと上流の方だけれど。

 少しずつ、自身の体が熱を持ち始めるのを、俺は止める事が出来なかった。

 

『イン。その時、お母さんとお父さんは何て?』

 

 俺はちょっと恐ろしく思いながらインに尋ねてみた。ちゃんと、何気ない様子で伺えているだろうか。奥に居るフロムのように、明らかに不自然な顔になっていないだろうか。

 

『ニアが大人になったらちゃんと来るよって!』

 

 まぁ、そう言うしかないだろう。

俺はその時の夫婦の間に広がったであろう、なんとも言えない空気感を想像し、なんともインの両親に同情するしかなかった。さすがに、妹を前に本当の事など言えはしまい。

 

『そっか』

 

 さすがに15歳になった段階で知らないとは、インの両親も思わなかっただろう。普通なら、もっとこう、友人同士でそう言った話題が出て知っている事を期待したに違いない。

 

『ニアの子供なら、きっと凄く可愛いと思うんだ!俺も早く来て欲しいって思うよ!』

『あぁぁもう!イン!お前さっきから来る来るって!子供がどっから来ると思ってるんだ!?』

 

 フロムが耐えかねて叫び声を上げる。ニアの子供なら自分の子供。そう、圧倒的に信じて疑わないフロムにとって、この話題は決して他人事ではない。ましてや、もう二人はハッキリと恋仲になっているのだ。

 

 ただ、口づけを交わすならば、もっと人気のない場所を選べよと言いたい。というか、実際言った。今後の事を思い、俺は言いにくいのを耐えて、きちんとフロムに教えてやったのだ。感謝して欲しい。

 あの時のフロムの顔は忘れられない。非常に後世に残したい顔だったから。

 

『何言ってんのさ!フロム!本に書いてあったじゃん!』

『本?』

 

 隣であやしい会話が続く。それを、俺はどうしても聞いていられなくて別の事を必死に思考した。

 

 ニアについてだ。

ニアはフロムと口づけを交わすような仲である。それなら、さすがにあの賢いニアの事だ。この隣で「なんにも知りませんよ」という無邪気な笑顔を浮かべるインよりは知識があると思いたい。

 いや「早く来て欲しい」と言っていた所を鑑みるとコレはアレか。口づけをすると子供が出来ると思っているのかもしれない。あぁ、きっとそうだろう。

 

『ほら、【きみとぼくの冒険】の8巻にあったじゃん!月の王子様と僕が赤ちゃんが欲しい女の人の所に、流れ星を届けるって話!流れ星が来たら女の人は赤ちゃんができる。次の流れ星には、ニアの所にも来るといいね!』

『……オブ、おい。オブ!!!』

 

 フロムが俺の名を呼ぶ。

うるさい、うるさい。今俺は考え事をしているんだ!

領主代理として、この町の今後の教育機関の在り方について、俺は物凄く考えているんだ!子供は国の宝だけれど、教育が追いついていない国は子供の有様も悲惨になる。

 

 そうだ!まずは学舎だ。この町の教育水準を上げなければいけない。その為には学舎がいる!さっそく手配を始めないと!!今すぐにだ!