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「なぁ、ほんとに行くのかよ」
「ああ、行くよ」
俺はその日、仕事終わりに家へと帰ると、部屋の中でゴロゴロと教本を読みながら布団の上に転がっていたバイを叩き起こした。
昨日の夜、俺は殆ど寝る事なくバイと教本について語り明かし、そのまま仕事に行った。正直、意識は眠気で朦朧として、体もバッキバキだ。
心なしか体が熱い気もするし、寒気もする。頭も痛い。
これは昨日、冷水のシャワーを浴びた後、髪も乾かさずに語り明かしたのがいけなかったのか、そもそも寝ていないせいで抵抗力も落ちていたのか。
ともかく体調は最悪。絶不調だ。
けれど、そんな事は今の俺にとっては関係のない。
むしろ好都合と言える状態だ。
これ程にまで、頭と意識がボンヤリしていなければ、俺が今日やろうとしている事など完遂出来そうもないからだ。
“あんな事”、まともな思考能力を持った自分では、絶対に出来ない。だから、これで良い。
「なぁ、大丈夫か?」
「あぁ、俺は絶好調だ」
「嘘つき。そんなに酒が飲みたいのかよ」
「あぁ、飲みたいさ。俺の血は酒で出来てるんだからな」
「バカかよ」
「ほらほら、そんなどうでも良い事気にするな。行くぞ」
俺は手早く、二日酔いの症状も落ち着いたバイの手を取り、コートを着せ、マフラーを首に巻いてやり、すぐに外に出た。
あぁ、寒い。
寒くて寒くて死にそうだ。熱いのか寒いのか最早判断がつかない。目に妙な水分の膜が厚めに張っているような気がする。視界不良だ。
「ほら、行くぞ」
「…………」
しばらく俺の差し出した掌を眺めていたバイだったが、そのうち恐る恐るといった様子で俺の手を取った。
しっかりと俺の手に繋がれたバイの手は、遥かに俺よりも大きく、そしてガッシリとしている。さすがは傭兵上がりの現場経験豊富な騎士様だ。
かっこいい手じゃないか。
そんな俺の思考とは裏腹に、俺の手を握ったバイが改めて眉を顰めて言う。
「お兄ちゃん、寝た方が良いよ」
「兄ちゃんじゃない。お前はいいだろうけど、俺は昨日も酒が飲めなかったから、酒が飲みたくて仕方が無いんだ。明日は夜勤で飲めないし。ほんと!今日しかないんだ。嫌ならお前は置いてく」
「い、行くから!置いてくなよ!」
そう言って慌てて俺の隣まで駆け寄ってきたバイは、隣に来ても尚俺の手を離そうとはしなかった。俺も離さない。
大の男が二人で何なんだと言いたいが、まぁ、それは良い。少し体温の低いバイの手を握っていた方が、なんだか気持ちが良い気がするのだ。
「バイ」
「なんだよ」
「ご、いや。なんでもない」
俺のハッキリしない物言いに、バイは「変なの」と呟くと、そのまま力いっぱい俺の手を握り締めてきた。
ごめん、とそう言いそうになった。けれど、それは卑怯だと思った。俺は許されようとしてはいけない。俺はこれからやろうとしている事に対して“許し”を乞うてはいけない。
しっかりしないと。
こうして俺とバイは二人並んで酒場を目指した。
ウィズの、そしてトウの居る酒場を。