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——-オブ。お前の責任だからな。お前が責任を取ってインに“本当”の事を教えろよ。
先日、フロムから言われた言葉がずっと俺の中で引っかかっている。
そう、そうなのだ。
先日発覚した衝撃の事実。
インの知識の中にある『どこから赤ちゃんはやってくるのか』という問に関する答えについて、そろそろ俺は向き合わねばならない時がきたのだ。
どうやらインによると、子供は子供を望む夫婦の元に落ちて来た流れ星によって授かる事になっているらしい。
いや、まさか、そんな。
小さな子供でもあるまいし【きみとぼくの冒険】の中にあるお話を、15歳になった未だに信じているなんてあり得るか?
いや、実際インがそうなのだから、ここで、あり得るだのあり得ないだのの意見を論争させても仕方がないのだ。
今日こそは俺からインに真実を伝えなければ。
俺は誓ったじゃないか。インと出会ったばかりの頃に既に、しっかりと。
——–知らない事を教えて、またあのキラキラした目をさせてやりたい。
——-ぜんぶ、僕が教えてやる。
そうだ。これは俺にとって喜ばしい事じゃないか。
全部、俺が教えられるんだから。
俺は過去の自分の思考をゆっくりとなぞるように決意を固めると、今日も今日とて、いつもの二人の秘密の場所。森の奥にある大木にある大穴の中でインと向き合った。
『ねぇ、イン』
『ん?なに?オブ』
いつも通り、なんにも知りませんって顔でインが俺の方を見てニッコリする。そりゃあもう、この世界で一番嬉しくて楽しいのは自分ですと言わんばかりの笑顔で俺を見てくるのだから、本当に堪らない。
わかる、最近ずっと首都に行っていて居なかった俺と、こうして毎日会えるのがインは嬉しくてたまらないんだ。
わかる、凄く分かる。だって俺も同じ気持ちだから。
『今日はインにお話があります』
『おはなし!?なんの!新しいお話!?』
『あっ、ちがっ。そういう“おはなし”じゃなくてさ』
“おはなし”という言葉に、インのキラキラした目が俺へと向けられる。俺はこの目に心底弱いのだ。昔から、ずっと。
そして、今も尚。これからも、ずっと。
『あぁ、そうか。おはなしじゃないよね。勉強だった。首都でお店を開くなら、俺はもっと首都の事を知らなきゃいけないから。そう、俺また、カンコーアンナイボン?が見たいな!』
『あ、うん……そうなんだけどさ。イン。えっと』
カンコーアンナイボン。
観光案内本。
そう、インの言う“お話”は既に【きみとぼくの冒険】なんて絵本を指す言葉ではなくなっていた。最近は、首都の観光案内本や、酒の種類について書かれた本、あとは歴史の本と、将来の役に立ちそうなものを、俺が見繕って持って来ているのだ。
『イン。今日はもっと大事なおはなしです』
『カンコーアンナイボンよりも大事なおはなしなんて……なんだろう。そんなモノがあるなんて』
『…………』
観光案内本より大事な話はこの世にごまんとある事を、インにはあとで改めて伝える必要があるだろう。これも骨が折れそうだ。
しかし、今はそれどころではない。
俺は、何故か緊張で思わず崩していた足を整え、姿勢を正した。そんな俺に、インも訳など分かっていないだろうに、俺に合わせて背筋を伸ばしてくる。
なんだろう、その俺に動きを合わせてくるその様子。とんでもなく、たまらない。
『今日のお話は、どうやって赤ちゃんが出来るのかについて、です』
俺の言葉に、インが目を瞬かせ首を傾げているのか、頷いているのか分からない角度で首を動かした。
何故、俺がこうも緊張するのか。
それは、もちろん俺とインが既に何回も、何十回も、いや何百……いや、回数は良い。この際そう言った事は関係なく、既に行ってしまっている“あの行為”のせいでもある。
『イン、あのね。赤ちゃんは星が運んでくるんじゃないんだ』
『え!?』
インの場合、俺のせいで知識と行為の順番が逆になっているので、その辺りが、かなり説明する上でも慎重にならざるを得ない所だ。
しかし、かといって余り悠長に構えてはいられない。そう、この説明はどうしても可及的速やかに行う必要があるのである。
あの日、「赤ちゃんがどこからやって来るのか」を川べりで話し合った時に、俺は思ったのだ。
『赤ちゃんは、男の人と女の人が、一緒にある事をすると出来ます』
『……ある事?』
『そうです。“ある事”です』
もしかして、インは俺と行っている“あんな”淫らな行為“を友達同士の触れ合いの一部、もしくは遊びの一部、だなんて勘違いしていやしないか、と。
そこからだ。俺は早くインに真実を伝えなければと焦り始めたのは。
『情交です。男女が情交をすると赤ちゃんが出来ます』
『じょうこう?』
インは決して頭が悪い訳ではないのだが、たまに驚くほど予想外の発想の元、勢いよく突き進む時がる。
もしインが、あれらの行為を“仲の良い友人同士でやる事”などと勘違いしたとしたら。
『最初に言っておくけど、情交は好きな人同士でする事です。絶対に普通の友達とやる事じゃありません』
『好きな人同士……』
考えるだけで恐ろしい。
只でさえ、俺は最近インと一緒に居る時間はおろか、町に居る時間も減っているのだ。そんな危なっかしい場所にインを置いていては、おちおち町から離れられない。
しかも、一番腹が立つのは、最近“あの”ビロウがインにちょっかいをかけ始めている事だ。
——-イン、居るか。
——-あ!ビロウ!ニアは居ないよ。どうしたの?
——-あぁ、ニアは居ないのか。ならば、仕方がない。お前でいい。貧乏人のお前に、ほら、これをやろう。
——-わぁ!これ!前にオブに貰った事がある!すごく甘い星だ!いいの!?ニアじゃなくて!俺が貰っていいの?!
——-金平糖だ。ニアが居ないのであれば、仕方ない。お前にやるよ、イン。
あぁ、分かるさ。分かるよ、ビロウ。
首都で、しかも貴族の間には、こんなインみたいに擦れていない人間は居ないものな。話していて新鮮で癒されるよな。会いたい、と思うようになるよな。
クソッタレ!そこからが抜けられない沼なんだよ!
食べ物でインを釣りやがって!
『……ふう。一ついいかな。イン』
『な、なに?』
インは俺の事が好きだ。中身も、外側も。全てが好きなのだ。
これは自分で言うのも何だが、本当にそうなのだから仕方がない。インは感情も気持ちも隠そうとはしない。
だから、駄々洩れなのだ。その分、俺は嬉しくもあり不安でもある。
何故なら、インは俺の……顔も、結構、いや、かなり好きなようなのだ。
だから、俺がこうして間近でインの顔をジッと見つめると、戸惑うし照れてくる。
『オブ、なに。顔、ちかいよ』
『……そうだね』
あぁ、俺はインを前に一体何をしているのだろう。
こんな事を話している場合なのだろうか。いつものように勢いに任せて、インを腕の中に抱え込みたい。
もどかしい。あぁ、もどかしい。