『ねぇ。ここで、俺とインがしている事、あるじゃない?あれ。何だと思ってる?』
『ここで、俺とオブがしてる……っ!あ、あれ?アレ?えっと、アレは』
インの中で“あの”行為が何だと定義されているかを、まずは確認しておかないと、俺は大きな過ちと後悔を起こす事になる。
何かを誰かに説明するとき。まず知らねばならないのは、相手の理解の度合いだ。回りくどいようだが、これをするのとしないのとでは、最終的な理解度に大きな差がつく。
『ねぇ、イン。あれは、何?』
『……っえと』
俺の問いに、インの顔がみるみるうちに赤く色づいていく。それまでまっすぐ見据えられていた視線は逸らされ、そのうち首まで色付く部分を広げていく。
たまらない、たまらない。
『えっと、あれは、その』
インの中に占める相手の好意の主成分。
それは結構ハッキリしていて、顔が好みかどうかも、かなり重要だ。その基準で行くと、ビロウは圧倒的にインにとっても十分“好き”になりえる要素を持つ。
何故って!?俺の血縁者で、俺と顔の造りが似ているからだ!
『イン、あれ。もしかして、友達同士でやる遊びだとか思ってない?木登りとか、水浴びとかみたいに……』
『はっ!?思ってる訳ないじゃないか!な、何を!オブは!俺の事を、バ、バカにし過ぎ!!あ、あり得ない!お前、ほんと!あり得ない!』
顔を真っ赤にして、ワナワナと震えながら叫ぶインに、俺は、それまで半分程潜っていた思考の海からザプリと浮き上がった。
“お前”なんて、まさかインが俺をそんな風に呼ぶなんて。なんだろう、出会った頃以来過ぎて、なんだか新鮮。新鮮過ぎて、たまらない。
最早、インの一挙手一投足の全てがたまらない。
この反応からすると、インはさすがに“あの行為”を誰から構わずやるものだとは思っていない。思っていないどころか、ちゃんと理解している可能性が高いようだ。
『あれが、好きな人同士でしかやらない事。情交とか、性行為って言うんだよ』
『じょうこう、せいこうい』
自分達の行ってきた名前のない不確かな行為に、この瞬間、インはやっと名前を付ける事が出来た。
そして、名前を付けたせいで、その行為の輪郭が、ありありと浮かび上がってきたのだろう。もう、インの顔は赤くなりすぎていて、目には何故か水分の膜が厚く張ってしまっている。
『インと俺は、ずっと情交をしていたんだよ』
『っっっっ!待って!待って!それって!あの、』
『なに、イン』
俺は戸惑うインの目の前まで、インの好きな顔をズイと近づけてやる。
もう、互いの鼻先がこすれ合うほど俺達は互いを間近に感じていた。
『合ってる?俺と、オブが、する事で、あれは、合ってる?』
『……面白い事言うね。イン』
インの良く分からない戸惑いに、俺はとうとうインの背に手を回した。よく、ここまで我慢したと思う。早いところ説明なんて終わらせて、早くインをもっと近くに感じたい。
『合ってるよ。俺達がしなきゃ、逆に“間違ってる”ってくらい、合ってる』
『……ねぇ、もしかして。赤ちゃんは、女の人と男の人が、その“じょうこう”をすると』
『できるね』
これでもう良いだろ。もう十分説明しただろ。出来ただろ。
俺は、いつものように腕の中に居るインへと口付けをしようと顔を近づけた。しかし、それはインの手によって勢いよく拒まれた。
は、なんだ、これ。
『まって!!』
『なんで』
インから初めて拒まれた事で、俺の中の何か熱いモノが一気に噴き出したような感覚に陥る。なんでインは俺を拒むのだろう。
それは“間違って”いる。
『俺は、男だから、赤ちゃんなんて出来ないよ!』
『出来ないけどしていいんだ。好きな人とする事なんだから。合ってる。情交は子供を作る行為でもあり、二人が互いを好きな事を確かめる行為でもあるんだから』
そんな事か。なら、もう良いだろう。俺はもう一度インへと顔を近づける。しかし、またしてもそれはインの手で拒まれた。
一体何なんだ!インは!
『インと俺はお互を一番に好きだよね?なら、合ってる。ねぇ、イン。俺達のしている事に名前が付いた途端拒むってどういう事だよ。なぁ、説明しろよ』
『ちがう!ちがう!!』
思わず、乱暴な口調になる俺に対し、インは真っ赤な顔で首を横に振る。一体何が違うんだ!もどかしいったらない!
『ねぇ、それなら。えっと、その……ニアの赤ちゃんは、ニアとフロムが“じょうこう”をしないと、できない?』
『うん』
『“これ”を!?“あれ”を!?ニアとフロムがするの!?ちょっと待って!他に方法はないの!赤ちゃんを作るには、あれしかない!?』
『うん』
俺がもう一度深く頷くと、インはその瞬間『そんな!』と悲壮感を露わにした。一体何がどうしたらここで、こんなに悲壮感丸出しの顔が出来るんだ。
俺を前にして、俺がインを、こんなにも求めているのに。
『ムリだよ!ニアにあんな事出来っこない!泣いちゃうよ!』
『……まぁ、泣くかもね』
『ニアには受け入れられないよ!女の子だよ!?』
『…………』
あぁ、インがとても面白い事を言っている。
ここに来て、俺はようやくインが何に戸惑っているか理解した。インは俺とインの行為についてなど、最早問題にしていないのだ。
インが問題にしているのは、妹のニアだ。
ニアは幼い頃からずっと自分は“お母さん”になるのが夢だと口にしていた。だからこそ、その夢を叶える為には、あの行為が必要不可欠。
インは自分が身をもって体験しているからこそ、あの行為を妹のニアと親友のフロムが行う事に、受け入れがたい気持ちを抱いてしまっているのだ。
逆に教えるべきだろうか。女の子こそ、受け入れられるように出来ていると。
『……いや、いいか』
そんな無粋な事、わざわざ言う必要はない。男とか女とか関係ないのだ。現に、インは既に何度も俺を受け入れているのだから。
『ねぇ、それなら。俺のお母さんとお父さんも?』
『してる』
『アフター姉さんも?』
『してる。ねぇ、イン?』
『な、なに?』
『みんな、してるよ』
こういった言い方はズルいのかもしれない。皆しているから気にするな。と俺は暗に言葉尻に込めながら伝えているのだ。
あぁ、なんてズルくて汚いんだ。
本当は、皆がしているかどうかなんて関係ない。二人がどうなのか、が一番大切なのに。
『み、みんな?』
『そう、みんな』
けれど、俺ももう限界だ。
なんだか、腹の下がゾワゾワして、背筋に流れる汗すらも衝動を加速させるきっかけになっている。もう、みんなでも何でも良い。俺は早くインをこの腕の中へと閉じ込めたい。
『…………』
『イン?』
しかし、予想外にも俺の『みんな』という言葉に、インは一気に不満そうな表情を浮かべた。一体どうしたのだろう。一体何に、インが不満を覚えているのか、俺には一切分からなかった。
けれど、その答えは、呟くように放たれたインの言葉により、一気に開かれた。
『オブと、俺だけのやつだと思ってたのに』
『っ!』
その瞬間、俺はもう我慢できずにインを激しく腕の中へと閉じ込めた。インはこの名もなかった行為を、名前がないが故に“こう”定義していたのだ。
——-オブと俺だけが行う、特別で、大切なこと。
他の誰でもない、自分達だけの特別な行為であると、インは思ってくれていた。だからこそ「友達同士でやる遊びだと思っているのでは?」と俺が尋ねた時に、あんなに怒っていたのだ。
『イン。もう、ごめん。おねがいだ。もう』
『オブ?』
あぁ、これだからインには敵わない。
インはたまに驚くほど予想外の発想の元、勢いよく突き進む時がる。まさに今がそうだった。
俺なんかが予想もつかない高い所まで登って行って、俺がこんなにかき乱されている事なんて、きっと知りもしないのだ。
『もう、止めないで』
俺は苦しさの余り唸るように、そう言うとインが何か返事をする前に、その口を塞いでやった。苦しい、苦しい、苦しい。なんて、苦しくて幸せなんだ。
俺は本当に、いつかインに殺されるに違いない。
そして、案の定。全てが終わって水浴びをする中、インは言った。
『……オブのばか。待ってって、言ったのに』
あぁ、俺は確かにバカだ。だって、その言葉にすら、俺の心は再びムクリと反応してしまったのだから。