162:とある酒場での話

□■□■□■

 

 

 

あぁ、忙しい忙しい。

 

最近、お客さんがたくさん来るようになったお陰で、毎日この酒場は大賑わいだ。

ありがたい事である。

 

 

若い兵士や、優しいおじいさん、まだ少女のような顔をしたお母さんなど、年齢、性別など本当に様々な人々が、ふとこの酒場に立ち寄って、それから常連のように頻繁に来てくれるようになった。

 

それこそ老若男女問わず、というやつだろう。

 

そうそう!

あの若い兵士は、あの城にやって来た画家と仲良くなったそうだ。

そして、太陽王と呼ばれる王様の絵を描く時に、同席させてもらい、絵の描き方まで習うようになったという。

普段は絶対に笑わない王様が、画家の前でだけは笑顔になるのを、兵士はこっそりと眺めては、なんだか気恥ずかしい気持ちになっていたのだとか。

 

 

それに、あの優しいおじいさん。

彼の孫は成長して、あまり外では絵を描かなくなったらしい。

どうやら、絵を描く事を恥ずかしいと思うようになってしまったのだとか。

だから、それを隠す為に、学窓では“やきゅうぶ”という体を動かす活動をする組織に属するようになったらしいのだが、孫の夢はこれからどうなってしまうのだろう。

 

 

そして残念で仕方がないのが、あの可愛らしい若いお母さんだ。

彼女は息子を心から愛していたが、やはり体が弱く、息子が14歳の頃には家から離れて、空気が良い、田舎の病院での療養に入らねばならなくなったと言っていた。

手紙のやり取りをしながら、けれどもう直接抱きしめてやれなくなった事が辛いと言って泣いていた。

あぁ、可哀想だ。

 

 

そんな風に、常連さんが来る度に話してくれる彼らの話を、俺はどこか物語でも聞くような気持ちで耳にしている。

 

どの話も新鮮で、興味深くて、リアリティがあって、一人の人生分の重厚感がある。

そういえば、どこかで“事実は小説よりも奇なり”という言葉を聞いた事があるのだが、それはまさしくその通りだと、俺は思う。

 

どんな読み物も一人の人間の人生譚の前には、ただの紙切れと化すのだ。

 

いや、それにしても、昨日初めてやって来た、死なずの猫だったという彼の話や、とある学窓でセイトカイという役職に就き、まつりごとを成功させた彼の話などは、ちょっと聞けない面白さがあった。

 

さて、今日は何人お客さんが来るだろう。最近本当に客足が多くなって、店主として俺も嬉しい限りだ。

 

カランカラン。

 

店の入り口が開く音がする。

 

——–いらっしゃい。すみません、まだ準備中なんです。

 

まだ店の看板を出す前から、店に一人の客がやってきた。えらく若い。もしかすると、まだ子供かもしれない。10代も半ばと言ったところだろうか。

 

——–きみ、何歳?え?15歳?じゃあまだお酒は出せないな。え?なんだって。この店があまりにも素敵だから?

 

15歳だという彼からの誉め言葉に、俺はとても嬉しくなってしまった。まぁ、だからと言って酒を出す事などしないが。甘い飲み物くらいなら出してあげてもいいだろう。

俺がそんな事を思い、店の奥にある飲み物の棚へと向かおうとした時だった。彼から思いも寄らぬ提案を受けた。

 

——–え?店を手伝いたい?うーん。まぁ、確かに最近お客さんも増えて、一人は大変だなと思っていた所だったしな。わかった。キミをここで雇おうじゃないか。

 

 

俺はちょうど良かったと思いながら、店に入って来た若者に向き合った。本当にこの店が気に入ったのだろう。きょろきょろと店内を眺めている。

 

——–さて、色々と店の説明をしないとな。さ、座って座って。……あれ?ところで、きみ。

 

 

 どこかで俺と会った事ある?

 

 

 

 

■□■□■□