171:天才医神術師の英雄譚

 

「さて、お立合い、お立合い。これはある愚か者の男のお話だよ。どんな所が愚かだったかって?その」

 

 男は、高熱の中、酒飲み殺しと呼ばれるアルコール度数、世界最高峰のゼツラン酒を1本まるごと平らげたそうだ。

 しかも、一気に。ものの数分の間に飲みほしてしまった。すると、彼の体の中には処理しきれない程のアルコールが一気に雪崩込んだから、さぁ大変!

 

「しかも、最初に言ったように、彼の体の中は既に高熱により、生命維持に必要とされるマナの最小限度にほんの少し手を出してしまっていた。そこへ来て、あの」

 

 ゼツラン酒の一気飲みさ!

 体は悲鳴を上げたよ。このアルコールを処理しなければ、体の主は中毒症状で死んでしまう!ってね。

 健気なものだよね。男の体はそうやって必死に体内にあるマナを総動員させて、アルコールの処理へと必死に走った。

 

「けれど、それが更に体の主の命を更に危うくする事になるとは、さすがに必死な体では理解できなかったのだろう。その瞬間!更に男の体は危険な状態へと」

 

 陥ったのさ!

 先程、既に生命維持に必要なマナに手を付けていたと言ったね。それだけでも、なかなかに危険な行為ではあるんだけど、そこへ来てゼツラン酒のアルコール処理の為に、大量のマナが必要になった。

 

「そのせいで、男の体は、人体の臓器接合に要するマナにまで手を付けた。あぁ、しかし!これは最低最悪の悪手だ。なぜなら」

 

 臓器接合のマナが体のおよそ半分の損失をした場合、最早、生命維持どころか肉体の維持すら出来なくなる。有り体に言えば、崩れ死んでしまう。

 

 すなわち“崩死”と呼ばれる現象だ。

 崩れ死ぬ人間の末路は悲惨さ。あたり一面に臓物の欠片が散らばってしまう。人だった頃の面影なんて、一片も残りはしない。

 

「男は、その半分の損失のあと少し、という所まで来ていた。崩死まで一刻の猶予もない!そこへ現れたのが、天才医神術師でもあり、夜は吟遊詩人をしている」

 

 この僕!

 僕は男の状態を見て、これは一刻の猶予も許されないと判断した。だから、万が一に賭けた、命がけの処置に入ったのさ。

そう!僕の体内に潤沢にあるマナを、その男、つまり

 

「アウトへと、大量に流し込んだ。ハッキリ言ってこれは拒絶反応の危険性が高くて、通常であれば選ばない処置だったけれど、その時はそれしかなかった。僕は、」

 

 無理やり僕のマナをアウトの体内へと大量に流し込んで内臓器官の乖離を防いでみた!

 すると、どうだろう!拒絶反応が起こる事もなく、みるみるうちに僕のマナはアウトの中に定着し、最悪の事態は脱した!

 

「どうやら、僕とアウトは体内マナの相性も良いみたいだね!さて、これがあの日、愚かなアウトの身に起こった事の顛末さ。分かった?」

 

 

 コツコツと靴音を響かせて、なにやら俺の処置の説明というより、ヴァイスの英雄譚を聞いた気分だった。

 いや、しかし、さすが夜は吟遊詩人の顔を持つ男。

 お話は分かりやすすぎる程に分かりやすかった。けれど、俺は話を聞きながら、ある一つの事象に対し、大きな驚愕を覚えてしまっていた。

 

 そのせいで、拍手喝采を送る事も忘れ、思わず呆けたような顔をヴァイスへと向けてしまう。

 

「……へ?」

「いやいや!分かるよ!その気持ちは良く分かる!そんな危険行為を患者の同意も取らずにやった事に対して驚いているんだろう?けれど、待って!あの状態じゃアウトには同意は取れる状態じゃなかったんだ!一応、この石頭には許可を取ったんだよ?ね?終わり良ければ全て良し!本当に死ななくて良かったねぇ、アウト!」

 

 何やらヴァイスが慌てて言い訳のような事を口走り始めた。

患者の同意が、なんとか~と言っているが、俺が引っかかっているのはソコではない。

ましてや、俺がそこまでの命の危機に晒されていたのか?という事に対してでも、もちろんない。

 

 俺が驚いているのは、ただ一つ。

 

「俺って、マナがあるの?」

「あれ?そこ?」

 

 ヴァイスは俺の言葉に、その大きな目をパチパチと瞬かせると、すぐに隣に立つウィズへと顔を向けた。

 

 

「えーっと、僕って世間ずれしてる所があるから一つ聞きたいんだけどさ、石頭?マナによる人体結合とかの話って、一般人には知られちゃいけない話なの?」

「そんな訳ないだろ。一般常識の範囲内だ」

「じゃあ、なんでアウトはこんな事を言うの?」

「単なる勉強不足による知識不足だ」

「あぁ、そう」

 

 目の前で繰り広げられる神官達の会話と、どこか呆れるような目に、俺は、過去のある1点において強烈なデジャヴを感じた。

 

 

———-言っただろう。俺はパスト本会で教会図書館を担当する神官だと。

———-うん。だから頭良いのかなって思ってた。

———-アウト、お前は本当に教会に興味がないんだな。

 

 

 これはアレだ。

ウィズが教会図書館の担当神官だと聞いても、何もピンとこなかった時と、全く同じ目だ。多分、俺は今、物凄く常識的に知っておかなければならない事実を、何の恥ずかし気もなく「知りません!」と公言したようなモノなのだろう。

 

 

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