あの日から、俺はインを避けるようになっていた。
———-俺とオブはずっと一緒。だって俺がオブと一緒に居たいって思ってるもん。オブもそうなんでしょう?二人共一緒に居たいのに、離れる必要ない。だから、
——–だいじょうぶ。
あの時のインの言葉を思い出すと、俺は妙な苛立ちを覚えるようになってしまっていたのだ。
インは何も分かっちゃいない。
一緒に居たいという願いだけで、一緒に居る事が出来るなんて、インは本当に愚かだ。
愚かで子供で。それが俺には心底腹立たしかった。
『……イン』
インと共に居る事が出来る時間なんて、あとほんの僅かしかないのに、それなのに、インの顔を見ると、きっと酷い事を言ってしまいそうで、そして何より俺自身が苦しくて、もう会わないようにと必死だった。
まさか、俺がインに対してこんな風になる時が来るなんて思わなかった。
けれど、会わなければ会わないで、結局こうして苛立っている。もう、何をしていても、何を考えていても、俺の頭の中はインで埋め尽くされていた。
『…………ぁ』
俺は屋敷の部屋の窓から、ソッと外を覗いた。覗いた先には、屋敷の入口の前をウロウロとする一つの人影が見える。
『イン』
ここ数日、一度も顔を合わせていない俺に、インが会いに来たのだろう。俺が此処に居るのに会わない事なんて、正直初めての事だ。
いつもは俺が隙を見てインの所へ向かっていた。少し前だったら、そんな事は絶対にインにはさせなかったし、もしさせたとしても、今この瞬間に、俺は矢のようにインの元へ駆けだしていただろう。
『……はぁ』
けれど、そのどちらとも、今の俺には無理だった。
会いたいと思う、話したいと思う。触れたい、と思う。
けれど、それと同じくらいの感情が俺の中でインに対して生まれていた。
『っ!』
窓の外の人影に、一つの人影が近づく。ここからでも分かる。本気で殺してやりたいと心から思った男の顔だ。分からない訳がなかった。
『ビロウ……!』
ビロウはインに近寄ったかと思うと、二人で何かを話し始めた。さすがに、何を話しているかなんて分からない。
分からないが、二人の距離はほど近い。
インは1週間で俺の顔などあやふやになってしまう程、バカだ。バカで愚かで、腹立たしい。
———頭は悪いが、それもまた飼うにしては一興だろう。
ビロウの嫌らしい声が、俺の耳をつく。それと同時に、ビロウの顔がインの顔へと近づく。俺は余りにも見ていられない状況に、勢いよく窓掛を締め、現実から目を逸らした。
次いで沸いて来る激しい感情。
『っくそ!っくそ!イン!イン!イン!お前は……どこまで!』
俺は部屋にあるものを、乱暴に、最早何が何だか分からない、けれど湧き上がってくるのを止められない強い感情に任せて投げた。何かの割れる音、壁にぶつかる音。
何かが壊れる音が、俺の耳に次々に響いてくる。
壊れているのは物か、俺の中の“何か”か。
『どこまで、俺を苦しめれば気が済むんだ……!』
あんなに大切で、大事で、幸せで、大好きで、宝物のようだったインが、アイツが。
今はもう、憎くて憎くてたまらない。
何も知らない顔で、俺の気など何も知りもしないで、自分だけは真っ白な“子供”のような顔をしてくる。汚れなく、清いままで居ようとする。
もう、俺はこんなに穢なく、狡く、後ろ暗く、浅ましくなってしまったのに。
俺の投げたモノが、部屋にあった鏡を割る。破片が飛び散り、ふと、俺は割れた鏡にうつった自分を見た。
『……はは』
そこに映った男は、本当に、本当に、きたなかった。