180:酔ったフリしてご乱心

 

 アバブがご乱心だ。

 

「っだれがテメェなんかとちちくり合いたいなんて思うかっての!?気色悪ィ!趣味と現実趣向は違うに決まってんだろ!?そもそも、その辺に普通に居るレベルの並みのイケメンの癖に調子乗り過ぎなんだよ!鏡見てモノ言えやクソ投手っっ!?俺のリードが無けりゃ三流投手だった癖に!誰のおかげで1年の頃から控えに入れたと思ってんだ!そう思うよな!?なぁ!?アウト先輩も!?」

 

 そう、手に持っていたグラスをカウンターに叩きつけ顔を真っ赤にして言い募ってくるアバブの姿に、俺は黙ってコクコクと頷いてやるしかなかった。

 いや、最早知らない単語の大売り出しで、予想変換する事も、メモを取って次に生かすさえ叶わない。

 

 ちちくる?クソとうしゅ?りーど?いちねんのころからひかえ?

 

「ふうむ」

 

 なるほど、ちっとも分からん。

 俺は、何も分からない事がはっきりと分かった為、ともかく深く頷いておく事にする。そうでもしないと、目の前で乱心に乱心を重ねるアバブの逆鱗に触れかねない。

 

「うん。わかるよ、アバブの気持ち」

「嘘つけ!?絶対意味わかってないだろ!?アウト先輩!」

「……ハイ」

 

 即座に嘘がバレてしまい、最早シュンとするしかない俺はチラと、視線をウィズの方へと向けてみた。ちょっとだけ、「助けて」という気持ちを乗せて視線を向けてみたのだが、そこでバチリと合ったウィズの目は、何故か俺に対する疑念と疑惑で満ちていた。

 

 

「…………」

——お前、彼女に一体何を飲ませたんだ。

 

 

 声なき声が、そう問うてくる。

 誤解だ!ウィズ!俺は未成年のアバブに酒なんか出しちゃいない!俺がアバブに出したのは、正真正銘バイに出したモノと同じ、ルビー飲料だ!

 

「なぁ!聞いてんのかよ!?アウト先輩!」

「あ、ハイ!聞いてます!」

 

 俺の返事に、アバブは手元にあった残りのルビー飲料をグイと一気に飲み干す。

 そして、此方に向かって「おかわり!」と空になったグラスを差し出してくるものだから、俺は慌ててルビー飲料の瓶に手をかけた。

 

「…………」

 

やはり何回ラベルを見ても、そこにはアルコールなど一欠けらも入っていない事を示す表示しかない。そう、なんと言ってもコレは子供に大人気の“ルビー飲料”そのモノである。

 

「ほら、アバブ」

「うっす。……あぁぁぁもう!腹立つ腹立つ!何回思い出しても腹立つ!」

 

 アバブはルビー飲料を手渡す瞬間だけ、少しばかり大人しくなった。けれど、すぐにまた怒りが湧き上がってきたのか、自身の拳をカウンターへと叩きつける。

 

「畜生!あいつら!皆して『主将はやっぱお前しか居ない』とか『お前じゃないと』とか散々俺の事持ち上げるだけ持ち上げといてさ!いざ、俺のバックからバッテリーモノのBL本が出てきたくらいの事で、急に掌返しやがって!」

「ばってりー?」

「そう!めっちゃ良いBL漫画だったんすよ!?いや、まぁ、二次創作なんで原作は別にあるんすけども!原作も素晴らしいんですけれどもっ!」

「にじそうさく?」

「そうそうそう!けど、あの方の描く二次創作漫画は、もう、ほんっと思わず呼吸が止まるかと思うほど素敵で!だからどうしても学校でも隠れて読みたいと思ってバックに入れたのが運の尽きだった……!」

 

 その瞬間、バンッ!と、ルビー飲料の入ったグラスが叩きつけられる。

けれど、アバブが器用なのか何なのか、弾けて空中を舞ったルビー飲料は全て、カウンターへ零れる事なく、吸い込まれるようにグラスへと戻っていった。

 

「すごい!零れなかった」

「……これでも捕手なんで、捕るのは得意っす」

 

 どうやらアバブは、前世で“ほしゅ”という仕事もしていたらしい。“ビィエル”の研究職に、“ほしゅ”という何かを捕る仕事まで兼任していたなんて。14歳という若さで、前世のアバブは一体どうしてそんなにも働かなければならなかったのだろう。

 家が貧しかったのだろうか。

 

「アバブ……」

 

 あぁ、きっとそうに違いない。往々にして、子供が働かなければならない環境というのは、貧しい環境である事が多いのだ。

 

「アバブ、苦労したんだね」

「……苦労。まぁ、あの本がチームメイトに見つかってからは、確かにそうかもしれないっすね」

 

 アバブは両手にルビー飲料の入ったグラスを持って、軽く天井を仰ぎ見るように顔を上げると「はぁ」と深い溜息を吐いた。

 

「皆して、俺の事『キモホモ野郎』とか『ゲイが居たら練習もできねぇ!』とか好き勝手言いやがって。……ずっと友達だと思ってたのに。ずっと一緒に練習してきたのに。バッテリーだったのに。一緒に夏の大会絶対勝とうって言ってたのに……たかが本1冊で、全部壊れた」

「アバブ、泣いてる?」

 

 アバブの震え始めた声に、俺は思わず無粋にもそんな事を言ってしまった。だって、アバブはいつも楽しそうにしているのが“当たり前”過ぎて、今みたいな姿は本当に初めて見るのだ。

 

「……泣いてないっす。だから俺、皆に迷惑かけらんないって思って……部活も辞めたのに、そん時には、学校中に噂が広がって。クラスでも浮いちまってたし……!なんでだよ!俺!BL好きで、お前らに迷惑かけたかよ!?悪い事したかよ!!?あ゛ぁ!?なぁ!?アウト先輩!?」

「聞いてる、聞いてるよ!アバブ!ほら、和らぎ水を飲んだらどうだ?」

 

 しんみりした様子から一転して、またしても興奮し始めたアバブに、俺は慌てて水を差し出した。この気分の乱高下は、まさに酔っている人間の姿と類似し過ぎていて、思わず酔った人間への対応をしてしまったのだ。

 いるんだよ!実際こういう奴が、酒場には!ごまんと!

 

「俺は酔ってねーーー!これはルビー飲料だろうが!酔えないわ!さすがに!俺はなぁ!?俺なんかに、自分の過去を洗いざらい吐いてくれたバイさんに、酔ったフリして俺もお返ししてんだよーー!もうーー!俺、バイさんの気持ち分からないけど、分かるんだよーー!」

「アバブちゃん……!」

 

 叫ぶアバブの隣では、彼女の前世での迫害話を聞いてズビズビと涙と鼻水を流すバイの姿がある。これまで、何か言葉を挟もうとする度に、感情移入し過ぎてむせび泣いていたバイも、最早酒場ではよく見かける光景だ。

 

——ただの、ルビー飲料なのに。

 

 そうなのだ。この咽び泣くバイの手元にある飲み物も、アバブと同じくルビー飲料。もちろん、アルコールは一切入っていない。

 

 あぁ、二人は一体何に“酔って”いるのだろうか。