181:謎の嫉妬

「バイさん……!俺達、全然違うけど、なんか、でも……!」

「うん!わかるよ……!アバブちゃん、私たち、違うけど、おんなじなんだ!」

 

 この二人、仲良くなったとは思っていたが、いや本当に俺の予想を遥かに超えて仲良くなっていた。

 いや、“なっている”のだ。二人の仲は、現在進行形で、みるみるうちに深まっている。

 俺はそれを、二人の目の前。特等席でずっと見せられている。

 

「そんな事でって他人は思うかもしれないけど!でも、俺はあの時もう“死ぬ”しかないって、確かに思ったんだ!死んで楽になりたいって!おじいちゃんに会いたいって、思っちゃったんだよーーー!」

「わがるっ!わがるーーー!私も、ふとさ!ふと、だよ!?死んだら、あの子に会えるかなって思っちゃったんだよーー!」

 

 何故、この二人はこうも“運命”のように急激に仲を深めているのか。それは、この二人が、互いの過去、すなわち前世にて最大にして最強の共通点を持っているからだった。

 

「「だから気づいたら自分で手首切ってたんだーーー!!」」

「やめて!!ほんと!やめて!想像するだけで痛いから!?」

 

 勢いよく泣きながら叫ぶ二人に、俺は背筋が凍るような思いだった。手首を刃物で切っただって!?それは非常に痛そうだ!

 

 しかも、きっとそれを間近で目撃したであろうトウは、聞きながら深く頭を抱えてしまっている。きっと思い出すだけで吐き気のするような場面だったに違いない。

 

 しかも、更に運の悪い事に、本日トウが俺に頼んだ酒はエビヅル酒の赤割だ。グラスは真っ赤に、それはもう鮮やかに色づいている。

 正直、もう飲む気は一切しないだろう。

 

「でも、死んでもおじいちゃんには会えなかった」

「わたしもだよぉ」

 

 前世、二人は共に自殺をしてこの世界にやって来た。しかも、自殺の理由が、辛い現実の中、会いたい人に会いたい一心でやってしまった、というモノ。

 バイは自分の子供。アバブは死んでしまった祖父。どちらも、折れた心の拠り所を“生者”ではなく“死者”に求めた結果の“死”だ。

 

「しかも、今度は女だし」

「しかも、今度は男だし」

 

 そして挙句、二人とも性別は転換した。

 そう、実はアバブもバイ同様、前世との性別が異なる人間だったのだ。と、いう事はアバブの前世は男。その事実を、この酒場に移動してすぐに、サラリと知らされてしまった。

 

「アウト先輩……本当に、今まで騙すような事言ってすみませんでした。俺は女の皮を被った男です。気持ち悪いでしょう?」

「いやいや、別に気持ち悪くないし。それに、アバブ?それはこの世界では女の子で良いんだよ?」

 

 そう、どこかしょんぼりした様子で謝ってくるアバブに、俺は何と言ってよいのやらと苦笑するしかなかった。

別に俺は余りアバブに対して“女性”“男性”の意識を向けた事が無かった為、本気でどちらでも構わないのだ。

 

「けど、俺、嘘つきました。前世では腐女子って……、俺、前世ではずっと何かにつけて“男の癖に”って言われてきたから……男ってバレるの、怖かったんです」

「っていうか、別にアバブは俺にわざわざ前世は女だよ、なんて言った事なかったじゃないか。嘘なんてついてないよ」

「いや、だから俺、先輩に腐女子だって」

「だから“ふじょし”は男同士の恋愛を表現する職業だろ?別に俺は、アバブから今まで一度も『自分が女だった』なんて聞いた事がなかったから、アバブは別に嘘つきじゃない」

「ん?」

「ん?」

 

 アバブと俺で顔を見合わせて首を傾げる。どうやら、何か俺達はボタンの掛け違いを起こしているらしい。どうにも話が噛み合っていない。

 そんな俺達に、アバブの隣に腰かけていたウィズが盛大に大きな溜息を吐き始めた。あぁ、コレが出る時は、確実に俺が何か間違いを起こしている時だ。

 

 所以、どうやら今回も俺が間違っているらしい。

 

「アバブ、と言ったか。キミは」

「あ、ハイ」

「この馬鹿な愚か者は、キミの言いう“腐女子”を正しい意味として認識していない。きっと単語を一纏まりとして固有の職業名か何かだとでも思ってるのだろう。なので、確かにキミはアウトに嘘など吐いていない。気にするな」

「あ、あぁ……通りで」

 

 そう言って此方を見てくるアバブは「アウト先輩の天然は筋金入りっすね」と、何だか困った子でも見るような目で見てくる。

 どうやら「ふじょし」という言葉の意味をはき違えていたようだが、俺は一体、どこをどう誤って認識していたのだろう。

 

「ふじょし、ふじょし、ふじょし」

「……女子は女って意味だろうが。クソガキ」

 

 すると、それまで黙々と酒を飲んでいたアボードが、酒を片手にやっと口を開いた。

 まぁ、元気がないのは変わらないようだが、どうやら会話を聞いていない訳ではなかったらしい。

 その事に、俺は少しだけ安心した。

 

「あ、あぁ!ふ女子!か!」

「ちなみに“ふ”は“腐”です。男性同士の恋愛を好む趣向を“腐っている”と表現する事から出来上がった造語ですよ。アウト先輩」

「腐女子……」

「だから、俺の前世は腐女子じゃなくて、腐男子って事になりますね」

「へぇ!腐男子!」

 

 あぁ、だからアバブは俺に嘘を吐いたと言っていたのか。

 ただ、結局のところ俺は、ウィズの言うように“ふじょし”の意味を理解していなかったのだから、アバブを“嘘つき”というには余りにもおかしな話だ。

 

「じゃあ、俺がアバブみたいな腐女子になりたいって思ってたのは間違いだったのか!正しくはアバブみたいな腐男子になりたい、だったんだな!」

「アウト。お前、腐男子になりたかったのか……?」

「うん、なりたかった。っていうか、今もなりたいよ!アバブみたいな腐男子に!」

「……俺みたいな?」

 

 俺の言葉にウィズが心底、怪訝そうな表情を向けてくる。俺が腐女子、いや腐男子になりたい事が、そんなに可笑しな事だろうか。

 どうやらアバブも意外だったようで、目を丸くして此方を見ている。

 

「だって、アバブは人の気持ちが凄く良く分かるし、あと、色んな周りの人の事をちゃんと見てあげられてるだろう?それはきっとアバブがビィエルで、学んだ事が生かされてるからだと思ったんだ。だから、俺もアバブみたいに他の人の“ぎょうかん”を読んで気持ちを分かってあげられる、腐女子……じゃなかった、腐男子になりたいんだよなぁ」

——–まぁ、まだ未だに全然読めないけど。

 

 そう、俺がルビー飲料の瓶を自分のグラスに注ぎながら言う。すると、どうやらルビー飲料は残り僅かだったようで、グラス半分の所で空になってしまった。

 ひとまず、霜氷でも足して誤魔化しておこう。ルビー飲料のストックは店の裏にあるので、取りに行くのが非常に面倒なのだ。

 

「……アバブ?どうした、具合でも悪いのか?」

 

 俺が空の瓶を足元に置いて顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして俯くアバブの姿があった。

 もしかしたら、本当に酒の匂いに当てられて酔ってしまったのかもしれない。

 

「アウト先輩は……天然のタラシですね。本当にそんな人が実在するとは思いませんでした。創作上の、あり得ない受けのキャラ設定だとばかり。でも……ホントに居たんだ」

「ん?」

 

 やっぱりアバブの口から出てくる言葉はいつも、いつだって難しい。俺には難解過ぎて、理解するのにはウィズの解説が無ければ、もう無理そうだ。

 そう思って俺がウィズへ解説を求めようとした時だ。突然、アバブの隣で大人しくしていたバイが、急に騒ぎ始めた。

 

「ダ、ダメだ!ダメだぞ!アバブちゃん!それはダメ!この中で唯一アバブちゃんが、アウトの子を産めるけど、それはダメだ!俺もアウトが好きだから、そんな事されたら、俺は嫉妬で狂う!」

「「「はぁ!?」」」

 

 この「はぁ!?」はアレだ。

 俺と、アバブと、そして、それまでしんみりしていたトウの三重奏だ。三人が三人共に、バイの言葉に目を剥いている。

 

 まったく、一体何を言い出すかと思えば!

 

 

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