「バイ!?お前は一体何を言ってるんだ!お前は俺の妻で、ペアで、連れ合いだろうが!?」
「トウ!?お前はちょっと黙ってろ!これはお前を抜きにした……そういう超常の議論なんだ!」
「抜かすな!抜かしたらダメだろ!?そんな議論は存在すらしちゃいけねぇだろ!?」
「そそそそそうですよ!?何を言ってるんですか!?俺はアウト先輩をそんな目で見てません!っていうか見れません!彼は愛でる対象で、それ以上ではないです!そして言いましたよね!?俺は、前世!オ、ト、コ!?」
俺の否定や驚きを挟む隙など微塵も与えてくれないアバブとトウの2人に、俺は一体何を言ってよいのかすら分からなくなってきた。
まぁ、俺が否定するよりも先に、アバブが完全に否定しているので、もう俺が何か言う必要はないのかもしれない。
「……ふうむ」
そして、ここまで完全に“異性”としての意識を排除されていると思うと、それはそれで中々に空しいものがある。
確かに俺は、ウィズによれば変な顔をしているらしいし、給金も低いし、マナもないから出世も期待できないし。
あれ?俺って凄く過酷な環境で生きているのでは?
「アバブちゃんは雌の本能を分かってない!この男の子供が欲しいと思ったら、前世とかそういうのは関係ないんだ!今の本能が一番なんだ!もし、俺が今も女だったら、俺はトウとアウトの子を産んでる筈なんだ!」
「おいおいおい!バイ!?何を言っている!?俺は良いとして、そこにアウトを入れる必要があるのか!?ないだろ!?」
バイがまたしても物凄い事を言っている。
そして、やはりトウが合間合間に俺を物凄い目で睨んでくる。俺は何も言っていないにも関わらず、だ!
まぁ、仮にバイが本当に女だったとしても、この皇国は多夫制は定則で禁止されているから、普通にあり得ない事だ。
そして、俺の気持ち的にも絶対にあり得ない。
言うとバイが物凄い勢いで癇癪を起しそうだから、絶対に言いはしないけれど。
「なんか、凄い事を言い出してますけど!大丈夫ですか!?バイさん、酔ってませんよね!?素面でソレですか!?まさか、俺は新しいBLの領域を目の当たりにしてますかね!?それとも、また別の世界観のヤツですか!?」
「俺は元女だ……!だからトウに抱かれたいとも思う!けど、今は男だから!アウトを抱きたいとも思ってる!初めての雄の本能目の当たりにした!コレが“オス”か!」
「……待てよ。それは、アリなのか?」
「ありがとうっ!貴方に会えて本当に良かった!俺は貴方達を永遠に“推し”ます!」
もう、何が何だか、だ。
目の前で繰り広げられる、奇術師の曲技のような会話の舞い踊り方に、俺はともかく口を挟もうとする事すら、止めた。
だって、俺よりも上手に両脇の二人が、バイの突飛な言葉と共に踊っている。そりゃあもう、楽しそうに。
ここに、俺の出る幕は本当に無いのだ。
「…………」
俺は手元にあった、グラス半分しか入っていないルビー飲料に手をかけると、一口だけ口に入れた。霜氷が溶けたことにより、いつものしっかりとした甘みが薄くなっている。
これはこれで美味しいのではないのだろうか。
「まぁ、それはそれとして、です。バイさん」
「ん?ダメだぞ!アウトの子供はダメだ。俺はアバブちゃんとは一生友達で居たいんだから」
「バイさんも嬉しい事を言ってくれますね。ええ。分かってますよ」
「本当に?」
「はい、本当です」
それまで激しかった3人の会話が、一気に大人しくなる。さすがに、中心の2人は酔っている訳ではないのだ。さっきまでの勢いが、逆におかしかったのだ。
「俺は……もう、私ですね。私は、本当に前世が男とか女とか関係なく、誰かと連れ合いになったり、子供を産んだりという事はしないんじゃないかと思っています」
「……なんで?」
アバブの言葉にバイが若干信じられないとでも言うように、眉を顰める。バイにとっては、アバブの望まないと言ったその行為が、到底理解できないに違いない。
なにせ、バイには望んでも出来ない筈のソレを、アバブは容易に手放そうとしているのだから。
「ねぇ、なんで?」
「何でって、そりゃあ」
けれど、そんなバイの信じられないといった問いに対し、アバブはあっさりと言ってのけた。
「私は、凄く忙しいんです」
「いそ、がしい?」
アバブの言葉に、それまで疑わし気に向けられていたバイの瞳が、そりゃあもう大きく見開かれた。まるで今にもその瞳を零れ落とさん勢いである。
「そう!とっても!」
そんなバイに、アバブはルビー飲料のグラスを両手で持つと、その癖毛の前髪を見上げるようにチラと上を向いた。
アバブの癖毛はとてもフワフワで、自由だ。女の子の髪の毛なので、触れた事はないけれど、一度は触ってみたいと思っていた。
「だって、毎日仕事も行かないといけませんし、夜勤だってあります!でも、疲れたからって寝てる暇なんてないですよ!帰ったら即机に向かって創作活動!もちろん、こっちが私の人生の主軸です!」
「創作、活動?」
「ええ。そうです!それに、休みの日は仲間達と語り合ったり、ここぞと言う日は催事で本を売りに行きます!私の信条は毎回催事には新刊を出す事!……そんな訳で、ですね。バイさん?今から私はとっても大事な事を言います。どうか心して聞いてください」
アバブは一旦グラスをカウンターに置くと、隣に座るバイに向かって、体ごとその視線を向けた。そんなアバブに、バイも「はい」と、慌ててアバブへと体を向ける。