「一緒に、創作やってみませんか!?バイさんには、きっとその才能があります!」
「えっ!?」
「もちろん、創作活動だって気持ちの良い事ばかりではありませんよ!“産み”の苦しみは、それはもう並大抵のモノではありません!」
「産みの苦しみ……?」
「はい!もう正直辞めたいと思った事なんて一度や二度の事ではありません!自分の恥部……いえ、この言い方は止めましょう。……そう、根幹!根幹を曝け出しているのです!何かあれば自尊心が傷つくなんてものではありません!もうホント自分の中心が揺らぎに揺らいで、立っているのもやっとの時があります!描くのを止める事を“筆を折る”なんて言い方をしますが、私は実際に、物理的に何度も筆を折りました!自分の限界を前に、もどかしくて苛立たしくて、どうしようもなくなった時です!」
アバブは話しながら熱でも上がっているのか、照れや、恥ずかしさではない、何か別の“熱”で顔を真っ赤にしながらバイに向かって最後の一息を吐きだした。
「私が前世の自分と一緒に、二人で創作をするように!バイさん!あなたは貴方の中の”ニアさん”と一緒に創作をしてください!貴方達にしか描けないものが、確かにある筈です!私たちは性別という、言わば人間性の中心の部分を2つ持って生きている!だからこそ、描けるものがあるんです!バイさん!私と……私たちと一緒に“創作”しましょう!」
アバブの勢いと言葉に、バイは最初はポカンとしたまま、何の反応も出来ずに居た。けれど、しばらくしてアバブの言葉がその身に染み渡った後だろうか。
星のような煌めきが俺の目の前に、たくさん、たくさん輝き始めた。
「俺にも、こういうの、出来る?」
「できます!」
「俺も、描けるように、なる?」
「私が教えて差し上げます!」
頷くアバブに、バイはその目の煌めきを一気に加速させると、次の瞬間、俺はバイの隣に、知らない女の子を見た気がした。
「すてき!」
あぁ、はじめまして。君がニアか。
俺はバイの隣で一緒に飛び跳ねて喜ぶ女の子の幻を前に、思わず笑ってしまった。
———目の中に入れても痛くない妹でしたよ。
確かに、とても可愛い子だと、俺はニアを見て、いや“バイ”を見て思った。
この子は可愛い。とても、とても可愛らしい。フロムが、トウが、人生を賭して、世界を超えて愛したくなるのが、よく分かる。
「素敵でしょう?もう、創作始めたら、時間なんていくらあっても足りません!夢中です!他人からの目なんて気にしてる余裕はありません!男の癖になんて言葉に惑わされるのも、バカらしい!俺は水色よりピンクが好きだった!好きなものを好きと言っている時間しか、俺には、ない!」
「うん!」
好きなものを、好きという時間しかない。
アバブの突き抜けるような、その言葉は、なんだか俺の心の中を酷く軽く、嬉しくした。
あぁ、今アバブは心から幸せなんだなという事に、心底、安堵した。
だから、思わず言った。口を吐いて出てしまった。
「一緒にお絵描きできる友達が出来て、良かったね」
「っ!?」
俺の言葉にアバブは向き直っていたバイから勢いよく顔をこちらに向ける。そんなアバブに、俺は本当に嬉しい気持ちになって微笑まずにはおれなかった。
あぁ、なんだか今のアバブを見ていると、バイの時同様、心から“目の中に入れても痛くない”なんていう言葉が浮かんでくるのは何でだろう。
「アバブの絵は一等上手!金色の賞が貰えるくらい上手!」
「一等……。金色の、賞」
「うん!また新しいのを描いたら、俺にも絶対に見せてね」
——-約束!
そう、俺がアバブに向かって小指を立てる。
自然とやってしまったが、これは一体何のポーズだろう。けれど、何の行為かも分からず立てた小指に、いつの間にかアバブの小指が絡んでいた。
「「指切りげんまん」」
絡ませ、何故か俺は、知らない筈の歌をアバブと二人で歌っていた。「指切りげんまん」から始まるその歌は、ちょっとだけ怖い歌だったけれど、絡んだ指の暖かさは、けれど、全然怖くなかった。
約束を交わす事の出来る未来の存在が、むしろ俺には嬉しかった。
「「指切った」」
切った。と言って離れた小指に、アバブは何故か物凄く表情を歪めている。また、泣いてしまうのだろうか。
あぁ、「指を切る」なんてきっとまやかしで本当は約束を破っても“切る”必要なんかないのだと、教えてあげるべきかもしれない。
俺は自分で歌っておいて、なんて酷い歌を歌ってしまったんだと、そう思った時だった。
「アウト先輩って……本当にお爺ちゃんみたい」
「……おじいちゃん」
また、である。
アバブにかかると、いつもならガキだ何だと言われる俺が、急激に加齢が進んで“お爺ちゃん”になってしまうから不思議だ。
けれど、いつもなら「嫌だなぁ」なんて思うソレも、「お爺ちゃん」と口にした瞬間、歪んだ顔から一転して笑顔になったアバブに、最早どうでも良くなった。
「なにそれ!?」
そんな俺達の隣で、俺達の行動をずっと凝視していたバイが、心の中のニアを引き連れて勢いよく席から立ち上がった。立ち上がってカウンターから身を乗り出す。
乗り出して、そして、吐き出された台詞に、俺はもう笑うしかなかった。
「アウト!俺ともして!して!」
「はいはい」
一体何を約束するんだよ。これは約束の誓いを立てる歌なんだぞ。
そう、バイに教えてやるのは「指を切った」後で良いだろう。まずは、このキラキラの星を湛えたバイと、小指を絡ませて落ち着かせてやらねば。
そう、俺がもう一度小指を立ててバイの前へと差し出そうとした時。目の前にあるバイとアバブの顔を見て、俺は改めて思ってしまった。
しかも、いつもの悪い癖。思っただけでなく、口に出てしまっていたらしい。
「二人とも、凄くかわいいね。目の中に入れても痛くないくらいだ!」
その瞬間、目の前にあった2つの星は頬を赤くして、その手で顔を隠してしまった。
「……平凡総攻めも、アリかも」
あぁ、やっぱりアバブの言葉はいつも難解だ!