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きみとぼくの冒険。第5巻。第1章。
【あなたの気持ちをきかせて】
ぼくは、真っ暗な黒点の部屋でシクシクと泣き続けた。けれど、しばらくして、ぼくの涙はピタリと止まった。
何かが、聞こえる。
そう、それは悲しそうな声。誰かの泣き声だ。
黒点の部屋の外から。ぼくの泣き声ではない、別の子供の泣き声が聞こえてきた。
——っひく、っひく。
ぼくは黒点の部屋の、どこが壁だか、どこが入口なのかも分からないなか、真っ暗な世界を赤ん坊のように四つ足で進んだ。すると、やっと壁に到達したのか、ぼくの頭がコツンと何かにぶつかる。
——–ひとりはいやだよう。さみしいよう。
まるでぼくが泣いているようだ。けれど、その声はぼくのモノではなく、この部屋の外から聞こえてくる。
それは、月の王子様の泣き声だった。
ぼくは、ピタリと黒点の部屋の壁に耳をくっつけた。すると、さっきよりもよく王子様の声が聞こえる。
——–みんな、ぼくをおいていった。いつもひとり。さみしい。もう、ひとりはいやだ。
その声はとても、とても悲しそうで、その声を聞く度に、ぼくはとても悲しい気持ちになった。
しかも、その悲しい気持ちは、さっきぼくが『もう、ファーにも、お父さんにも、お母さんにも会えないかもしれない』と思った時より、うんと悲しかった。
月の王子様は寂しいと思っているのだ。ぼくが、ここから家に帰ることを。だって、ここはひとりぼっちには、あまりにも広すぎる。
『王子様。王子様』
『……っ』
『王子様』
『出さない。オレはキミをそこから出さない』
王子様は泣くのを止めてそう言った。ぼくはそんなつもりで声をかけた訳ではなかったので『うん』と頷いた。
ぼくは、外に出してと言いたい訳じゃない。
ぼくは、王子様にもっと別の事が言いたいんだ。
『王子様。ひとりがさみしいなら、こっちへおいでよ』
『え』
『さみしいんでしょう?ぼくも、この部屋に一人は寂しいんだ。だから、こっちにおいで。いっしょにいようよ』
『……いいの』
『いっしょにいてよ』
ぼくがそういうと、いつの間にか真っ暗なその部屋で、ぼくの隣には王子様が居た。まっくらだから顔は見えないけれど、わかった。
ぼくは手をフワフワと何もない場所に動かしてみる。王子様はどこだろう。
『なにをしているの』
『王子様をさがしてるんだよ。ぼく、ここじゃ何も見えないんだ』
『ここだよ』
ここだよ、と言われた途端、ぼくの手は暖かい王子様の手に握り締められていた。
『よかった。これで一人ぼっちじゃなくなったね』
『……』
『王子様、いっしょにお喋りしよう。手を離さないでね。そうでないと、ぼくは何も見えないんだから』
『うん』
ぼくの言葉に王子様は、ぼくの手を更にぎゅっと握り締める。王子様はもう泣いていない。
『王子様。お話しよう』
『うん。なにをお話する』
『そうだなあ』
ぼくが『そうだなぁ』と考えている間も、王子様はもう絶対に離さないぞという気持ちをこめるみたいに、ギュウギュウとその手を握り締めてくる。少しいたい。
なので、ぼくはいたいとは言わずに王子様の手をぎゅうと握り返した。するとどうだろう。さっきまでぎゅうぎゅうと握り締めていた王子様の手から、ぱっと力がなくなった。
『なにをはなすか決めたよ。王子様』
『なに』
『王子様の気持ちを聞かせて』
『オレのきもち?』
『そう、王子様のきもち。さっきは寂しいって言ってたよね?今は?』
『さみしくない』
『どうして?』
『キミが隣にいるから』
王子様が言う。ぼくが隣に居るから寂しくない、と。僕は王子様の言ってくれた言葉が嬉しくて、王子様のてをぎゅうぎゅう握った。
『もっと知りたい。王子様、もっと教えて。なんで寂しかった?誰から置いて行かれた?どうしてぼくと離れたらさみしい?いっぱい知りたいから、おしえて』
『……むつかしい』
『じゃあ、一つずつだ!王子様のことを、全部聞くまで、ぼくは此処にいる。そして、王子様の事を全部聞いたらね!王子様』
『……かえらないで』
『うん、全部聞いたら。今度は僕の事を聞いて。全部聞いて。今度は僕の国で』
『キミの話を?君の国で?』
『そう、ぜんぶだよ。ぜんぶ。だから、きっと時間が沢山いる。さぁ、王子様。たくさん話そう』
ぼくは友達の家に泊まりに行った夜みたいな気分で、少しだけわくわくした。夜は長いんだ。ちょっとくらい遅くなっても平気。
さぁ、僕の大嫌い“だった”夜は、まだまだ続きそうだ!
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