190:とある酒場での話2

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なんだか最近、本当に客足が増えて来た。

増えて、増えて、俺はそのたびにその人たちから面白い話を聞いて過ごしている。

 

まぁ、客足が増えて尚、今までと変わらずお客さんの話が聞けるのは、“彼”が、店を手伝ってくれるようになったお陰だ。

 

彼、15歳で、とても働き者。

コロコロと変わる表情は、15歳というにはなかなかに子供っぽく、年齢以上に彼を幼く見せる。彼が居なければ、きっと俺は、この大量の客に忙殺されて、今までのように客と話す時間など持てなかっただろう。

 

いや、本当に感謝である。

そして、何故だろうか。彼には昔どこかで会ったような気がするのだ。

 

——–いや、ちがうな。

 

俺は開店前の店の支度を手早く行いつつ、そう呟いた。

否、そんな気がするのは彼だけではない。

 

ここに来る“客”。

彼らがどんなに初めて此処にくる客だとしても、俺はその全員に、初対面にも関わらず、どこか“はじめまして”という感じがしないのだ。

 

その為、俺は初めての客に対して、あの15歳の少年に言ったように『俺達、どこかで会った事ある?』と必ず聞いてしまう。

それは、若い兵士にも、優しいお爺さんにも、可愛らしい若い母親にも、それこそ全員に聞いてしまっていた。

 

おかしな話だ。

確かに俺達は皆、全員“はじめまして”の筈だったのに。

 

そして、おかしいのはそれだけではない。

ここに来る人間は全員、自分の“名前”を忘れてしまっている。

しかも、その事を知ったのは、本当につい“最近”の事だ。

それは、今こうして俺の隣でグラスを準備したり、テーブルを拭いたりと、せっせと働く少年がきっかけだ。

 

店の説明の最後、俺は彼に名前を聞いた。

 

———よし、説明はこのくらいかな!そういえば、君の名前は何かな?これから一緒に働くんだから、知っておかないと!

 

そんな俺の問いに対し、少年は一瞬ポカンとした表情で俺を見つめると、しばらく考え込んだ末『わからない』と困ったように口にした。

いや、自分の名前を忘れるなんて、そんな事がある訳ないだろう。

 

そう、俺は思った。

 

けれど、本人が分からないというので仕方がない。これは一体どうしたものかと俺が悩んでいると、少年は首を傾げたまま、小さな声で言った。

 

じゃあ、あなたの名前は、と。

 

その問に、俺は確かに俺自身も名乗っていなかった事に気付いた。他人に名を尋ねる時は自分から、である。

まずは、自分から名乗って、それから少年の名前については考えようじゃないか。

そう、俺が口を開こうとした時。

 

そう、俺が一番驚いたのは、まさにこの時だった。

 

———わからない。

 

いやはや、驚いた事に、俺は自分の名前が分からない事を、あの瞬間、初めて気付いたのだ。こんな事ってあるか?

自分の名前が分からないだけでなく、分からない事にも、俺は全く気付いていなかったなんて。

 

とんだ間抜けである。

 

俺と少年は二人して顔を見合わせると、なんだかおかしくなって笑うしかなかった。

 

———まぁ、いいか!名前なんて!

 

俺がそう言って笑うと、少年も、そうだね!と笑った。

そうそう、試しに、その日から、此処にくる客全員に名前を聞いていったが、やっぱり皆自分の名前を覚えてはいなかった。

 

——–なんだ!皆忘れてるのか!それなら、仕方がない。っていうか、そもそも。

 

 

 名前って、何だっけ?

 

 

 

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