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なんだか最近、本当に客足が増えて来た。
増えて、増えて、俺はそのたびにその人たちから面白い話を聞いて過ごしている。
まぁ、客足が増えて尚、今までと変わらずお客さんの話が聞けるのは、“彼”が、店を手伝ってくれるようになったお陰だ。
彼、15歳で、とても働き者。
コロコロと変わる表情は、15歳というにはなかなかに子供っぽく、年齢以上に彼を幼く見せる。彼が居なければ、きっと俺は、この大量の客に忙殺されて、今までのように客と話す時間など持てなかっただろう。
いや、本当に感謝である。
そして、何故だろうか。彼には昔どこかで会ったような気がするのだ。
——–いや、ちがうな。
俺は開店前の店の支度を手早く行いつつ、そう呟いた。
否、そんな気がするのは彼だけではない。
ここに来る“客”。
彼らがどんなに初めて此処にくる客だとしても、俺はその全員に、初対面にも関わらず、どこか“はじめまして”という感じがしないのだ。
その為、俺は初めての客に対して、あの15歳の少年に言ったように『俺達、どこかで会った事ある?』と必ず聞いてしまう。
それは、若い兵士にも、優しいお爺さんにも、可愛らしい若い母親にも、それこそ全員に聞いてしまっていた。
おかしな話だ。
確かに俺達は皆、全員“はじめまして”の筈だったのに。
そして、おかしいのはそれだけではない。
ここに来る人間は全員、自分の“名前”を忘れてしまっている。
しかも、その事を知ったのは、本当につい“最近”の事だ。
それは、今こうして俺の隣でグラスを準備したり、テーブルを拭いたりと、せっせと働く少年がきっかけだ。
店の説明の最後、俺は彼に名前を聞いた。
———よし、説明はこのくらいかな!そういえば、君の名前は何かな?これから一緒に働くんだから、知っておかないと!
そんな俺の問いに対し、少年は一瞬ポカンとした表情で俺を見つめると、しばらく考え込んだ末『わからない』と困ったように口にした。
いや、自分の名前を忘れるなんて、そんな事がある訳ないだろう。
そう、俺は思った。
けれど、本人が分からないというので仕方がない。これは一体どうしたものかと俺が悩んでいると、少年は首を傾げたまま、小さな声で言った。
じゃあ、あなたの名前は、と。
その問に、俺は確かに俺自身も名乗っていなかった事に気付いた。他人に名を尋ねる時は自分から、である。
まずは、自分から名乗って、それから少年の名前については考えようじゃないか。
そう、俺が口を開こうとした時。
そう、俺が一番驚いたのは、まさにこの時だった。
———わからない。
いやはや、驚いた事に、俺は自分の名前が分からない事を、あの瞬間、初めて気付いたのだ。こんな事ってあるか?
自分の名前が分からないだけでなく、分からない事にも、俺は全く気付いていなかったなんて。
とんだ間抜けである。
俺と少年は二人して顔を見合わせると、なんだかおかしくなって笑うしかなかった。
———まぁ、いいか!名前なんて!
俺がそう言って笑うと、少年も、そうだね!と笑った。
そうそう、試しに、その日から、此処にくる客全員に名前を聞いていったが、やっぱり皆自分の名前を覚えてはいなかった。
——–なんだ!皆忘れてるのか!それなら、仕方がない。っていうか、そもそも。
名前って、何だっけ?
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