「っは、やっぱ。お前、死ぬんだな……」
「はぁ!?だーから!死なないって言ってんだろ!お前、あんまり兄ちゃんに対して死ぬ死ぬ言うな!縁起でもない!」
「死ぬよ!絶対にお前は死ぬ!あんな……ちょっとの火傷で、お前の手はどうなった!?何日昏睡した!?」
そう、俺に向かって食ってかかるアボードは泣いていないのに、俺にはアボードが泣いているように見えた。その目は薄い水分の膜で被われている。きらりと光る瞳。けれど、それが外へと流れ出す事は決してない。
どんな事があっても泣かない事。弱さを見せない事。
それが、男の……いやアボードの矜持だ。
「なぁ、アボード。俺はお父さんとは違う」
あぁ!そんなくだらない矜持捨ててしまえ!
泣きたければ泣けばいいのに。ここには騎士の連中は居ない。居るのは俺とアボードしか居ないのだから。
「同じだ!冥途でもどこでも勝手に行きやがれ!俺には、あんな、お前みたいな“決断”出来ねぇからな!?死ぬなら俺の見えない所で勝手に崩れて死ね!」
「アボード」
「……それか、お前。ずっとここでマスターに監禁しててもらえよ。マスターもそれを望んでる」
「ヤだよ。俺、やる事あるし」
俺がアボードに舌を出して拒否してやると、アボードは苛立ったように口角をヒク突かせて此方を見てくる。
きっと俺の体がこんな風でなければ、何発かお見舞いされている事だろう。マナが不安定なのも悪い事ばかりじゃない。
——–なんてね。
「……なぁ、アボード。お前さ、俺が死ぬ死ぬ言うけどな?正直、騎士をやってるお前と、俺の死ぬ確率なんて、あんまり変わらないと思うぞ」
「俺をお前みたいなクソ脆い奴と一緒にすんな」
「いや、同じだろ。これは認識の問題でしかない。この体になって、やっと俺とお前は対等の致死率を手に入れた。そんなもんだよ。だいたいさ、お前は自分のやってる仕事に対する死への認識が甘いんじゃないか?怪我も入院も、お前の方が格段に多い!」
「…………」
「あと、めーどの土産に教えて欲しいんだけどさ」
「おい、“冥途の土産”をガキの“一生のお願い”レベルで使ってんじゃねぇよ」
「生憎、俺にとってはその程度の言葉なんでな。あと、格好良いから使いたいんだ」
“めーど”がどこかなんて俺は知らない。けれど、俺にとって“めーど”なんて、確かにアボードの言うように、子供の頃に腐る程使ってきた『アボード!一生のお願い!』程度の、札遊びの手札的意味合いしかない。
たくさん使えば、希少価値はどんどん下がる。“一生のお願い”も、今ではその辺の石ころと変わりない。
だから、俺は“めーどのみやげ”の希少価値も、どんどん下げていく気だ。
「いいだろ。たかがお土産だ。沢山くれよ」
「……お前。冥途が泣くぞ」
「だいたい、めーどってどこだよ。南部か?北部か?それとも実家か?」
「……っは。実家への手土産な訳ねぇだろ。バカじゃねぇの」
そう。薄く笑ったアボードに、俺はやっと少しだけ“めーど”の失敗を挽回出来た気がした。
あぁ、もう。弱った弟の面倒な事と言ったら。
———ほんとに、目の中に入れても痛くない程かわいいよ。
普段のアボードにとっても“言葉”なんてその程度の認識でしかない筈だ。
それを言葉一つでイチイチここまで突っかかるのは、アボードらしくない。
こんな風にアボードを、アボードらしくなくさせているのは、もちろん、俺なのかもしれないし、別の事も関係しているのかもしれない。
「なぁ、アボード。悩みがあるなら、めーどの土産に聞かせてくれよ」
「目下、俺の悩みの種は死にやすいアホな親族についてだ」
「ほんとに、それだけか?他にあるだろ、もっと……“兄貴”的な悩みが」
「……お前、知ってて聞いてんのか?」
「知る訳ないだろ。ただ、お前の悩みの種類なんて、酷く単純で、お兄ちゃんに掛かればお見通しってだけだ」
「…………」
そこから、しばらくアボードは俺の言葉に返事をする事なく黙りこくっていた。あぁ、これ以上の追求は、かえって逆効果になるに違いない。
俺の23年に渡る……いや、春先でアボードも24歳になる。となれば、俺のアボードの“お兄ちゃん”歴も24年近い訳だ。
手に取るように分かる、とまではいかないが、両手をアボードの手に軽く添えるようなくらいなら理解できると自負している。
「なぁ」
ほら、きた。
「ん?」
俺はアボードの方など見ず、今度はむしろ包帯にグルグル巻きにされた手を興味深げに見つめながら、何気なく答えた。
俺は“おんなのこ”じゃないから、バイやアバブのような大波のような勢いのある追及は出来ない。
俺は“お兄ちゃん”だから、静かに、静かに待てばいい。
「お前は……どうして、高い所が好きなんだ?」
アボードの口から出てきた、予想外な問いに俺は一瞬だけ思考を鈍らせたが、ともかく問いのまま受け取る事にした。
「そうだなぁ……遠くまで見渡せるから、かなぁ」
「遠くなんか見てどうすんだ。落ちたら死ぬかもしれねーのに」
「……こう、なんだろうな。わかんないけど、俺の行きたかった場所が、遠くにあるような気がするんだよ。それに、落ちたら死ぬっていうけど、好きな場所に向かうのに“死ぬ”なんて考えないさ」
「行きたかった場所、ねぇ」
「逆に聞くけどさ、なんでアボードは」
———-高いところが怖いんだ?
俺の問いにアボードが口の中に嫌な苦いモノでも入れたような顔になる。
そう、俺の弟であるアボードは、“怖いモノ”や“苦手なモノ”など何もないというような顔をして、ふてぶてしく他者には振る舞っているが、そんな事は一切ない。