〇
「いやぁ、また迷惑かけちゃったな。ウィズ」
「……」
アボードと入れ替わるようにして部屋に戻ってきたウィズに、俺は軽く声を掛けた。またウィズに、あの雷鳴轟くような怒り方をされると思って身構えていたが、さすがに今回はそうはならなかった。
ウィズはもうあんなに怒れる程、心に力を宿していない。これは、まずい。
「お前の言う通り、湯から取り出すのはやってもらえばよかったな?あんな勢いよく零すとは、俺も思わなくて」
「…………」
「ウィーズ」
俺のベッドの隣で、何も言わずに俺を見下ろす美しい男に、これはアボードとは真逆の反応だな、と苦笑してしまう。
アボードは驚くほどその顔に感情を剥き出しにしていたが、ウィズはもう、なんだかぼんやりとしていた。
「……これは、罰か」
「ん?」
「罰ですか?」
やっと口を開いたかと思えば、ウィズは俺には全く理解のできない問いを口にしてきた。
あぁ、ウィズ、今一体お前はどこに居る?
いや、違うな。オブか。今、ここに居るのは、オブの方だな。
「オブ。バカな“アウト”にも分かるように教えてくれるか?」
「なあ、あうと……これは、罰なんだろ?」
今、ウィズはオブが大きくなっている。俺が彼を動揺させたせいで。揺れている。いつもはウィズがきちんとオブを掌握しているのに、今はウィズが弱っていてそれが出来ていない。
さて、アボード同様。どうしてやろうか。
「罰じゃないよ」
「うそだ、俺が、僕が……待ってるだけなんて楽でいいよねなんて言ったから。お前は怒ってるんだろ?知らなかったんだ。戻って来てくれるか分からない相手を“待つ”事が、こんなに、こんなに……恐ろしいことなんて」
「オブ、考え過ぎだ。これは罰じゃない。俺はただ火傷して、寝ていただけ」
「次は目覚めないかもしれないっ!今回はたまたま運が良くて!でも次もそうとは限らない!」
はぁ、はぁ。肩で息をしながらウィズの顔をしたオブが、俺に詰め寄ってくる。今、オブとウィズは迷子になっている。
俺がたかが火傷くらいで3日も寝ていたせいで。
「さて、オブ。ちょっと、ウィズを返してくれ」
「……ぼ、おれが、うぃずだ」
「そうかなぁ?じゃあ、お前はウィズ?ずっと、俺とアボードの話を立ち聞きしていたウィズ?」
「……立ち聞きなど、確かにそうかも……しれないが」
ここに来て、オブだった表情が、少しだけ気まずそうな、いつものウィズの表情に変わる。
「じゃあ、いつから居たんだよ?」
「お前が、冥途の土産などと、意味もわからず、言葉を使い始めたところ、からだ」
「思ったよりも序盤から聞いてたなー!ほとんど最初からじゃん!」
「アウト、お前な。言葉の意味は正しく理解してから使えと、あれほど!」
「はい、おかえり。ウィズ」
俺がそう、笑ってウィズの腕を軽く叩くと、ウィズの目が大きく見開かれた。冥途の土産の説教は、また今度聞こうじゃないか。
「ただいまは?」
「……俺はずっと居る」
「ただいまって言え。ひとまず言え」
「……ただいま」
俺から目を逸らしつつ気まずそうに放たれる“ただいま”に、俺は「よし!」とウィズの腕を叩いた自身の手を、ウィズの手に添える。いや、アボードの時と違って添えるだけじゃあ足りないな。
手を、しっかり繋いでやらないと“ウィズ”がまた迷子になってしまう。
「ウィズが帰ってきた事だし、少し話そう。3日も寝ていたんだ。3日分話そう!」
「3日分か……それは今晩は、寝れそうにないな」
「まぁ、仕事帰りのウィズにはきついかもな」
「別に、お前との会話なんて。大して疲れる事もない」
そう言って口元に薄く笑みを浮かべるウィズに、俺はやっと戻ってきたと心底ほっとすると、そこから二人で話したい事を話したいように話した。
その中で、俺が倒れた後にやってきたヴァイスが、またしても酒瓶持参だった話なんてのは、やっぱり彼らしくて笑ってしまった。
あと、どうやら俺の“死にやすさ”については、バイやトウ、そしてアバブも知る所となったらしい。「悪かったな」と謝るウィズに対し、さすがにそれは不要な謝罪だと、俺は受け取らなかった。
だって、たかがあんな程度の火傷で、患部は焼け爛れ、意識を昏睡させるなど、真実を話すより他ない状態だ。きっと少しでも誤魔化そうものなら、バイが癇癪を起して店内で破壊の限りを尽くしていたに違いない。
きっと次に会った時は、勢いよく攻撃でもするかの如く突進してくるかもしれないので、気を付けておこうと思う。
あぁ、アバブには成り行きとは言え、とんだ重い話を聞かせてしまった。申し訳ない。
そう、話し始め、夜も大分更けてきたかという時、ウィズが俺に問うてきた。
「なぁ、アウト」
「ん?」
「お前の父親について、聞いてもいいか」
「お父さん?」
「お前とアボードの父親。こないだは母親の話しか聞けなかったからな。お前の事を聞かせてくれ」
「俺の話?別につまらんと思うぞ?俺の話なんて」
「俺は、お前の……“アウト”の話が聞きたいんだ」
ウィズの言葉に俺は、湧き上がってくるような喜びを止められずに、ベッドから上半身だけ起こし、まくらを背もたれにしていた状態から、勢いよくベッドから降りた。
そんな俺にウィズが首を傾げていると、繋がれた手のまま座っていたベッドの椅子から立ち上がらせ、ベッドの淵へと座らせる。
「どうした、アウト」
「隣に座って話そうと思ってさ。同じ方向見ながら、木の枝に腰かけてるみたいに!」
「……あぁ、そうだな」
ウィズは一瞬その顔にオブを浮かべて頷くと、二人してベッドの淵に腰かけた。手は、まだ繋いだまま。この手は離してはいけないと、俺は何故か、本能的に思ってしまったのだ。