「じゃあ、ヴァイスの真似をして話そう!」
「……勘弁してくれ」
「さぁ、いくぞー!
さて、お立合い、お立合い。これはある立派な父親のお話だよ。どんな所が立派だったかって?その」
父親は騎士だった。そりゃあもう、部下からも上司からも町の人達からも慕われる騎士で、父親と外を歩けば、必ず誰かが笑顔で話しかけてくれたものさ!
なにせ、あのはいすぺいけめんのアボードが騎士を目指すようになったのは、この父親に憧れての事だったんだからな!そして、
「待て。いつか聞こうと思っていたんだが、その“ハイスペイケメン”を、お前は一体どういう意味だと認識して使っている?」
「ん?」
なんと序盤から、ウィズに話を止められてしまった。少し良い気分で話していたので、止められてモヤッとしてしまう。
「“はいすぺいけめん”はびぃえるの腐女子の専門用語で“暴君”って意味だ」
「違う!」
——-そんな事だろうと思った!
ウィズは俺と手を繋いでいない方の手で頭を抱えると「もう良い。続けてくれ」と、頭を抱えながら、諦めたように言った。
「違うっていうんなら意味を教えてくれよ!」
「今度、アバブという、あの子に聞いてみろ。出来れば、アボードが居る前で」
「ちぇっ、なんだよ、もう」
俺は完全に聞く体制に戻ってしまったウィズに、ひとまず気を取り直すと、もう一度頭の中に、あの懐かしい“お父さん”の姿を思い浮かべた。
優しくて格好良くて、アボードの顔は、そんなお父さんによく似ている。性格も……まぁ、あの鬼みたいな所以外は、よく似ている。
「そんなお父さんとお母さんは、前世も恋人同士で、夫婦だった。運命だよね!だから、よく母さんは、今のお父さんの事なのか前世のお父さんの事なのか」
思い出がぐちゃぐちゃになっている時があった。
けれど、まぁ、そんなのは些細な事!二人はお互いをずっと愛していた!前世からの恋人なんて、そりゃあ素敵だろ?
周りの人も、仲の良い二人を羨ましがってた。
「特に、お父さんはお母さんが大好きで、そうだな……今のトウみたいな感じ!そういう所も含めて、トウはお父さんそっくりなんだ!」
「へぇ、分かりやすいな」
「だろ?もう、子供の俺達から見ても、この二人にはお互いしか居ないって感じだったんだ。けど、その中で1つ、いや2つ違和感が」
あった。
そう、俺とアボードだ。二人は前世からの夫婦だったけれど、その間に生まれた俺達は、もちろん二人の前世の子供じゃない。
お父さんは、そんな事おくびにも出さなかったけれど、ほら。わかるよな?
「お母さんは、そうじゃなかった」
「…………」
お母さんは、全て“あの頃”のままが良いと思っていた。愛する夫、愛する子供。あの頃の幸せを、またここでも実現させたがっていた。
その部分においてのみ、お父さんとは意見が違っていたみたい。
「けど、前世で子供を失ったお母さん……いや、愛する妻を見てたからだろうね。お父さんは基本的にお母さんに何か強く言う事はなかった。でも、俺とアボードの事は、ちゃんと」
“アウト”と“アボード”として見てくれた。
アウトは大事な名前だから忘れないでって言ってくれたのもお父さん。だから、俺もアボードも、お父さんは大好きだった。
けれど、ある日事件は起こった。
「10歳の俺の、あの教会での事件だ」
「…………」
「ウィズ、手。強く握りすぎ」
「っすまない……大丈夫か?」
「いいよ。平気」
俺は湧き上がる悔しさをどうしたら良いかわからないと言った風に、俺の手を握り締めるウィズの手を、包帯の巻かれていた方の手でソッと撫でた。
もう、俺は大丈夫だ。逃げていた時は怖かったけれど、逃げなくなったあの日から、事実のまま恐怖を肥大化させずに向き合えている。
「俺が前世の子供ではないと分かって、しかもボロボロで帰ってきた俺を見て、お父さんは泣いた。ごめんって言って。泣いた。強いお父さんの涙に、俺は、あの時はちょっと色々と分からなくて、ぼんやり」
していた。
そこへ、お母さんが来た。もう、お母さんも俺が前世の息子じゃないって知って、相当おかしくなっていたみたいで、俺とアボードの目の前で言ったんだ。
———また、子供を作りましょう!今度こそあの子よ!ねぇ!お願い!
俺は良く分からなかったけど、隣に居たアボードは本当に腹が立ったみたいで、今にも癇癪を起して部屋をめちゃくちゃにしそうな勢いだった。
「けれど、そうはならなかった。そりゃあもう、びっくりした。お母さんの言葉に、初めてお父さんが、怒鳴って、そして」
お母さんを、叩いた。
——–いい加減にするんだ!もうお前にも、俺にも、子供を作る資格はないっ!
そう言って、母さんの頬を叩いたんだ。
びっくりした。俺もアボードも、怖くて、二人で自分達の部屋に逃げた。
そこから、二人がどんな話をして、どうなったのかは分からない。
ただ、
「次の日から、もうお母さんは“家”には居なかった」
「…………」
「俺10歳。アボード8歳。そこからお父さんが一人で俺達を育ててくれた。俺、その時は分からなかったけど、大きくなるにつれて、お父さんが実は物凄い決断をしたんだって知った。だって、」
前世から愛してきた妻より、今世で急に生まれてきた“俺達”を、躊躇いなく、選んでくれたんだ。
“アウト”を。
“アボード”を。
トウとバイ。あの二人に出会って、更にそれがどんなに凄い事か、今更ながら思い知らされてるよ。