198:選択権と決定権

「だって考えてもみろよ?“あの”トウが、バイに手を上げて、家から追い出すみたいなモンだぜ?想像できないよ……けど、お父さんは、それをした」

「……勇気のある人だ。きちんと、選択をして、選び取って。前へと進める。俺も、是非会ってみたかった」

「俺もまた会いたいなぁ!」

 

 ウィズの言葉に、俺はお父さんの顔を思い浮かべて足ブラブラをと動かした。あぁ、ここは本当に高い、高い、木の枝の上みたいだ。ここは高くて気持ちの良い、大きな木の上。

 

 見渡す先には、俺の望むモノが、彼の望むモノが、見えるだろうか。

 

「それから、アボードは本当にお父さん子になったよ。もちろん俺も、しばらくはちょっと頭がおかしくなってたけど、時間が経つにつれて、どうにかなっていった。お父さんも酒が好きだったから、生きてたら此処にも連れてきたかったけど」

 

 4年前。お父さんが病気になった。

 難病も難病。奇病も奇病。治療法なんて何もない“稀巣症候群”っていう名前。

 

 聞いた事ある?あぁ、さすがウィズだ!

 体内のマナが少量ずつ外に流れ出ていく病気で、進行速度は人それぞれ。発症から10年以上生きる人もいれば、数週間で亡くなる人も居る。

 

 お父さんは発症して3か月で

 

「俺が殺した」

「……アウト、それは違うだろ」

 

 俺の言葉に、ウィズの俺の手を握る手に、また力が入る。ウィズは本当に感受性豊かだ。きっと、それはウィズが優しいからだろう。

 

「いや、こう……自分を追い詰めてる訳で、自分を責めて後悔している訳でもなくて。事実として、俺が選択して、決定した結果の事象だから。合ってる。それを俺は今も後悔していない」

「それでも……そういう言い方をしてはいけない」

「ウィズ、知ってるか?稀巣症候群の治療の止め方」

「あまり、詳しくは……」

「薬が、親族に」

 

 手渡される。

 

 稀巣症候群に根本的な治療法はない。あるのは対症療法だけ。

 

 だから、ギリギリまで生きて欲しいと願う家族の気持ちとは裏腹に、その願いを必死に繋ぎ続けると、患者はどこかのタイミングで必ず“崩死”するって先生から言われた。

 だから選ぶのは、家族と、本人ですって。

 

「お父さんは言った。人のままで、俺達の父親のままで死にたいって。俺も、そうであって欲しいと思った。だから、俺は先生から」

 

 薬を貰った。

 泣きわめくアボードの言葉なんて無視して、お父さんの見てる前で、俺が、針で薬を投与した。

 

「俺は、自分の意思で選んだ。お父さんが望んでいたのもあるけど、これはこれで、俺の“決断”だ。後悔していない。俺は俺のエゴで、お父さんがお父さんとして一番好きな姿で死んでほしいと思ったんだ」

「……アボードが、お前の方が父親に似ていると言っていたのが……分かったよ」

 

 俺はいつの間にかウィズに手を引かれ、またしてもこの安心する香りを身に纏う、男の腕の中に居た。

 ここ、俺は好きだなぁ。ずっとここに居たいなぁ。

 

「俺、バカだよなあ。お父さんが稀巣症候群だったのに、ともかく自分はマナがないって思い込んでて。自分には関係ない病気みたいに思ってたけど」

「…………」

「まぁ、病気じゃないけど、陥ってる状況はお父さんと似てるよな」

 

 先程、アボードに「俺とお父さんは違う」とは言ったものの、まぁ、似たようなものだ。崩れ死にたくはないものだが、出来ればあの弟に“あの”決断をさせるような状況にだけはしたくない。

 

 それに、俺にはやる事がある。

 

「アウト、お父さんは今も好きか?」

「当たり前だろ!一番好きさ!この世で唯一“アウト”を選んでくれた人だ!俺はあの人が一番好きだ!」

「あうと」

 

 ウィズの、俺を抱き締める手に力が入る。

 そして聞こえてきた、ウィズの、まるで拗ねた子供のような声に、俺は思わず微笑んでしまった。あぁ、もう。なんで、この男はこんな凛として美しくて、たまに王様みたいにふてぶてしいのに、こんなにも愛おしいんだ。

 

 

「でもなぁ、困ったことに」

 

 

 あぁ、本当に困ったことに。

 

「一番幸せになって欲しいのは、ウィズ。お前だ」

 

 

 俺の言葉に、ウィズの体がヒクリと揺れた。今、ウィズはどんな顔をしているだろう。抱きしめられているので、見えやしない。

 仕方がないので、俺は俺の腕をウィズの背に回してやる事にした。

 

「……アウト、俺はいいから。頼むから自分の幸せを願ってくれ」

「それが、大変な事に。ウィズが幸せになると、必然的に俺も幸せになる仕組みみたいなんだ」

「……アボードは何番目なんだ」

「あぁ?本当に俺の一番か気になってるな?ウィズ」

——–バイみたいな事言って。

 

 そう、俺は笑う。笑う俺に、ウィズが小さく呻いた。

 

 あぁ、幸せだ。今が一番幸せだ。

 俺はウィズの背に回した腕に力を込めた。ずっと、こうしたかった気がする。もちろん、ずっとこうしたかったのは、間違いなく“アウト”だ。

 

「アボードは順番に居ない」

「そんな訳ないだろ」

「本当さ!何なら、一番幸せになって欲しい1番のウィズが、最初で最後だ」

「……嘘ばかり言うな」

「だから!ウソじゃない!俺はな?俺が居なくても幸せになれるやつの幸せなんて、願わないよ!願わなくったって勝手に幸せになるんだから!」

 

 抱きしめて、抱きしめられて。俺は余りにも信じないウィズが一体どんな顔をしているのか知りたくなって、抱きしめる手を緩め、顔を見てやろうとした。

 

「っぐ」

「見なくていい」

 

 けれど、その俺の意思を読んだかのように、ウィズは俺の後頭部に手を置き、自身の肩と首の間に、俺の顔を固定した。

 うん、やっぱり良い匂いがする。こんな時に、そんな事を考えてしまう俺は、変態だろうか。

 

「ウィズ?辛い選択を決定できるから、偉いなんて事はないからな」

「…………」

「辛い事からは逃げていいし、決めたくなければ目を背けていいんだ。悩む事が辛いなら、俺はその悩む事すらお前にさせはしない。ウィズには選択権も決定権も、俺はあげないよ。その代わり、ウィズの葛藤と苦しみも、全部俺がもらっていく」

「あうと、何を考えてる?」

「俺にもわからん。わからないけど、そう思う」

 

 

 俺の要領を得ない返答に、ウィズが呻いた。呻いて一言「信用できない」と口にする。あぁ、あの件以来、俺の信用は失墜しっぱなしだ。