199:週末の約束

 

「お前の分からないは、俺にとっても予想ができん。予想できないから、怖い……俺はもうすぐ、あまり一緒には居てやれなくなるというのに」 

「仕事?」

 

 俺の問にウィズは俺の後頭部を撫でつけながら「あぁ」と頷いた。それならば、出来る事は出来るうちにしておこう。

 

 失墜した信頼は、早めに復活させておきたいし。

 

「なぁ、ウィズ。次の休み。一緒に冬支度の買い物をしようよ」

「……お前な、よくもまぁそんな体でそんな事を提案してくるじゃないか」

「ウィズと一緒ならいいだろ?アズの所にも最近行けてなかったし、行きたいんだよ」

「……俺が行かせないと言ったら?」

 

 ウィズの苦し気な声が、俺の頭上から響く。あぁ、そろそろこの心地の良い場所から離れなければ。これ以上、此処に居ては離れ難くなってしまう。

 

「行かせないのか?ウィズが?」

「……その、そんな事あり得ない、みたいな反応は止めろ」

「実際そうじゃないか」

 

 俺はウィズから離れるべく、背中に回していた自身の手をウィズと俺の体の間へと滑りこませる。

 

「だって、ウィズ。俺と遊びたいだろ?二人で」

「……っはぁぁぁ」

「俺の寝衣も一緒に探してくれると約束した。あともう一つ、一緒に行きたい所があるんだ」

 

 言いながら、滑り込ませた手でウィズの腹部を押した。固い。もしかして、ウィズは着やせする人間なのだろうか。

 そして、ビクともしない。

 

「…………」

「いいのか?ウィズ。めーどのみやげに俺が、ちゃんと頭の中で計画している“ちょっと危ないこと”を教えてやろうと思ったのに」

「今度は、俺が冥途に行くのか」

「めーどは実家みたいなところだ。お土産をいっぱい持たせてやるよ!」

「……どうしてそういう謎の解釈に至れるのか、俺は甚だ疑問で仕方がない」

 

 本当に、どんなに力を入れても一切の動きを見せないウィズの体に、俺は、もう離れる事を諦めた。別に、居ていいのなら、居させてもらうまでなのだ。

 

「いいのか?ウィズ。俺が死にたがりな愚かな事をしたら、約束通り、ウィズも一緒に死なないといけなくなるぞ?」

「っはは!これまた新しい脅し文句だ。お前は本当に……本当に、面白い」

 

 俺がウィズを押すのを諦めると、ウィズはそれまで以上の力強さで俺を抱き締めた。もう絶対に離すまいとでも言うように。

 離れないでと懇願するように。

 

「一緒に行こう。お前が望むなら、どこへでも。勝手に一人で出歩かれたら、その方が肝が冷えるからな」

「ほらな。ウィズは結局、ダメって言わない」

「あぁ、もう……どうせ、お前。俺の事をチョロイ奴だとでも思っているんだろう。腹立たしい」

「うん。今は……ちょっと思ってる!」

 

 俺が正直に言うと、ウィズは「やれやれ」と肩をすくめたようだ。腕の中に居て、ウィズの顔なんか見えないけれど、今、ウィズがどんな顔をしているかなんて、これは手に取るように分かる。

 

 俺の心の中に居るウィズが「やれやれ」と同じように肩をすくめているからだ。

 

「よし!朝から一緒に遊ぼう!ウィズにめーどの土産をたくさん持たせてやるからな!」

「まぁ、お前と一緒なら、冥途でもなんでもいいさ。どこへでも行ってやる」

 

 俺はウィズの首筋で、すうっと大きく息を吸い込むと、少しだけ懐かしさを感じるその匂いに「ウィズの匂いは良い匂いだなぁ。好きな匂いだよ」と心の中で呟いた。

 

 しかし、その瞬間、それまで必死に抱き締めてくれていたウィズが勢いよく俺の体を引き剥がす。

 あぁ!せっかく匂いを嗅いでいたのに!一体なんなんだ!

 

「なっ!かっ、嗅ぐな!?」

「あれ?」

 

 まさか!心の中だけで呟いていた筈のその言葉は、本当に俺の悪い癖。

 実際に、口に出てしまっていたらしい!

 

「まぁ、いいか」

「良くない!まったく!お前という奴は!?」

 

 そう、引き剥がされて現れた、ウィズのその真っ赤な顔に、俺は笑ってしまった。

 さぁ、今週末はまたウィズと、たくさん遊ぼう!

 

 なにせ、俺はこの最も幸せになって欲しい男に、大事なお土産を持たせてあげないといけないのだから。

 

 

 

       ●

 

 

 

きみとぼくの冒険。第7巻。第1章。

 

【ひとりで大人にならないで】

 

 

 

 

『ええっ!ファー!それは本当!?』

 

 僕はファーの言葉にビックリして、窓から落ちそうになってしまった!

 

『月の王子様が、また大人の国に!?どうして!』

『キミが大人の飲む星と月のお酒を飲んでみたいと言っていたでしょう?だから生誕祭の贈り物に、彼はそれを手に入れに行ってしまったんです!』

『そんな!あの国は、子供だってバレてしまったら捕まってしまうのに!』

『そうです!そりゃあ前回、わたしも大変な目にあいましたよ!』

 

 あぁっ!これは大変だ!早くどうにかしないと!

 もう!どうして王子様は一人で大人の国なんかに行ってしまったんだ!

 

 いくら僕の生誕祭の贈り物だとしても、”一緒”じゃなきゃダメじゃないか!

 

『ファーいこう!僕たちもまた”大人薬”を手に入れないと!もしかしたら、王子様は大人達に捕まっているかもしれない!』

『それなら、わたしに良い考えがあります!大人薬の作り方をね。わたしはあのとき、ちゃんと見て覚えていますよ!』

『そりゃあいい!ファー!だったら急いで薬草を取りに行こう!王子様を迎えにいかないと!』

 

 僕はファーと共に、子供部屋の窓から外へと飛び出すと、一目散に夜空を駆け抜けた。