200:アボードの昇進試験

 俺の目の前に、キラキラの星をたくさん抱え、そして、たくさん、たくさん、涙と言う星を零す人物の顔が現れた。

 

「あ、あうと。い、い、生きてた……」

「そりゃあ、生きてるよ」

 

 その、俺のなんてことのない返しに、目からキラキラの星を大量に零す男。すなわち、バイは、いつもの元気な勢いのある抱擁をグッと堪えたような仕草で、ゆっくりと俺の背中に、その腕を回した。

 

「うえぇぇん、ええええん。あうどー!あうどぉ!」

「はいはい。ごめんって。心配かけたな」

「死なないでえええ」

「死なない、死なない」

 

 耳元で、その声を揺らしに揺らすバイに、俺はなんだか心の底から愛おしさが込み上げてくるのを感じた。

 きっと、バイの本気の抱擁はこんなモノではない筈だ。本当はもっと力を込めたいであろうに、必死に耐えて手加減をしてくるバイに、俺は逆に思い切り抱き着いてやった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「う、うるせぇ」

 

 思い切り抱き着いた瞬間、バイの口から洩れていた泣き声が、地響きのような音に変わる。態度は可愛いのだが、いや、普通にうるさい。

 俺は耳元で放たれる凄まじい轟音のような鳴き声に、眉を顰めつつ、バイの後ろで困ったような笑顔を浮かべるトウと目が合った。

 

 目が合って、俺達二人は目だけで会話した。それはもう、古くからの友人であるかのように。

 

———–色々と、お前も大変だったな。

———–いいや、そうでもないさ。

 

と。

 バイの大泣きは、しばらく止みそうにない。

 

 

 

 

      ○

 

 

 

 

「あうど、死なないで」

「いや、だからさ。これ、昨日アボードにも言ったんだけど……。俺の死にやすさと、騎士で国防の最前線に立つお前らとじゃ、きっと死ぬ確率って、そうは変わらないと思うぞ」

「まぁ、言われてみれば……そうなのか?」

「トウ!お前はクソバカか!同じじゃねぇよ!アウトのが危ないに決まってんだろ!?ああああ!」

 

 あぁ!うるせぇ!

 またしても、両目をその手で覆い絶叫し始めたバイに、俺は勢いよくその鼻を摘んでやった。そのせいで、バイから漏れる絶叫が途中、くぐもったような音になる。

 

「同じだ!っていうか!人間は皆、いつ何があって死ぬかわからない条件の中、生きてるんだから!特に死にやすいって事自体がありえないんだ!泣くな!俺は死なないって言ってんだろ!」

「あうどー、あうどー。お願いだよぉ。死なないでよぉ」

 

 またコレだ!

 俺は一向に話の進まないバイとの攻防は諦めて、バイの鼻をつまんだまま、視線をトウへと動かした。

 

「なぁ、トウ。ちょっと聞きたいんだけどさ」

「ん、何だ?」

 

 なんて事のない顔で返してくれるトウの存在が、これほどまでに有難く感じる日が来るとは。昨日からこれまで、アボードと言い、ウィズと言い、そしてバイと言い、俺を見ては悲壮感に満ちた顔を向けてくる奴らばかりで、俺も正直うんざりしていたのだ。

 故に、このトウの普通な態度は、とてもありがたい。

 

「えっと……そうだな。何と聞いたものか」

「どうした、聞き辛い事か?」

「いや、そういう訳じゃなくて」

 

 まぁ、俺の気持ちを汲んで、一見“普通”にしてくれている所も、もちろんあるのだろうが。どちらにしたって、有難い。

 

 そして、それらは全て、トウにとっての揺るぎようのない“唯一無二”が、この目の前で泣き喚く、格好良いのに可愛らしい、この”バイ”であるからに他ならない。

 俺は、正直“俺”を大切にしてもらえるより、その辺に生えている雑草のように、どうでも良い存在のように扱われる事の方が、慣れている。慣れているが故に、安心できる。

 

「そうだな。騎士の中で、何か特別な行事みたいなのが控えてるとか……ないか?」

「特別な行事……大々的に、コレと言ったものはないが」

「……大々的には。なら、局所的、一部に対する行事ならあるって事か?」

 

 俺の、その「何かあるんだろ」という確信に満ちた問いかけに、トウは一瞬考え込む表情を見せたが、何か思い当たる節でもあったのだろう。「そう言えば」と呟くように口にしつつ、トウはソッとバイの鼻をつまむ俺の手に手をかけた。

 そして、流れるような動作で、バイから手を離される。

 

「そろそろ、な?」

「あ、ハイ。すみません」

 

 え、ごめんなさい。

 この手でずっとバイに触れていたのが、そんなにいけなかったですか。

 俺は内心、肝の冷える感覚が走ったが、けれど、トウの浮かべるその表情は穏やかなままだ。その穏やかな表情が、逆に怖すぎる。

 

「俺とアボードと、他何人かの分隊長クラスの人間が、昇進試験を控えてる」

「昇進試験?それは、何だ?何をするやつだ?」

 

 俺はバイの鼻から手を離した事で、自由になった両手でベッドに手をつくと、顎に手をかけて考え込むトウの方へと体を向けた。

 そんな俺のすぐ脇では、バイが「うっ、うっ」と鼻を詰まらせたような声で、此方を見ている。

 

「今、俺とアボードは1分隊を率いる分隊長なんだが、それの1つ上。これは専門によって異なるから何とも言えないが、だいたい5~10分隊前後を直轄する小隊長への昇進する試験が、来週行われる」

「小隊長かぁ。それってどんな試験があるんだ?」

 

 小隊長への昇進試験。

 まだまだ若いってのに、アボードはもう、そんな所まで来ていたのか。順調に偉くなっているものだ。

 俺はトウの言葉を待つ、そのほんの少しの間に、アボードと顔のソックリな、あの“大好きな人”を想い出した。

 騎士の部隊編成についてなんて、俺はよく知らない。けれど、アボードの事だ。もう、お父さんの背中の見える所まで駆け上がって来ているに違いない。

 

 

 ずっと“お父さん”を目指して来たんだ。当然だろう。