『俺が居たから、インはあんな納屋で最期を迎える羽目になった!お前が選ばなかったから、インは毎日バカみたいに期待し、、森に行って木に登ってた!オブの居る首都が見えるかもしれない、大人になったら自分もソコに行くんだって!』
『っ!』
『自分の兄ながら、バカだと思ったよ!?俺は、そんなインの未練がましさが、どうしようもなく惨めに見えて、俺はお前に言ったように、インにも酷い事を言ったさ!もうアイツはお前との約束なんて覚えてない!ありもしない望みに縋って生きるなんて馬鹿な事するなって!俺達がインをあんな風にしたんだ!だから俺はもう、“今回は”絶対に間違わない!』
『バイ……』
バイが叫んでいる。そりゃあもう、大声で。怒りながら。絶対に許さないぞという気持ちが、言葉の、声の端々から漏れ出ている。
そして、これは俺の予想でしかないが、バイはきっとウィズに怒っているようでいて、過去の自分自身に怒っている。
バイは、過去の自らを、ニアだった時の、自身の行いを悔いているのだ。
「イン。ニアは、お前に謝りたいみたいだ。でも、きっとお前は、元々、ニアに対して怒ってなんかいないよな?」
優しいお兄ちゃんだったんだろ?俺も“兄ちゃん”だから、分かるよ。
弟からどんなに酷い事を言われたって、別にそんなのいつもの事だ。“許す”とか“許さない”なんて選択肢さえ、浮かんでくるものじゃない。
「イン、お前とはきっと話が合いそうだ」
会った事はないけれど、兄という立場だけは、俺達は同じだ。俺もインも、大切な弟妹が居る。もし会えたら、そういう話もしてみたいな。
なぁ、イン。
『俺は今はもう“バイ”だ!ニアじゃない!ウィズ!お前だって、もう今はオブじゃない!言ってる意味分かるよな?』
『……何が、言いたい』
ここに来て、話の中心が俺の知らない皆の“前世”だった筈が、バイの言葉によって一気に“今”へと呼び戻された。
『俺達が選ぶべきは、もうインじゃない!アウトだ!』
「っ!」
そりゃあそうだ。だって、急に“俺の名前”が出てくるんだから。何故、ここに来て俺の名など出てくるのだろう。
俺は一体ここに何の関係がある?
俺は急に飛び出してきた自分の名に、此処に居てよいものなのかと落ち着かない気分になってしまった。
『アウトはバイを選んでくれた!だから俺は、ニアでもあるけど、もう全ての選択と決定権をバイに委ねるんだ!だって、今生きてるのはもう、バイなんだから!過去に縋りすぎると、きっと俺達はまた、次の世界でも大きな後悔を残す事になる!だから、俺はもう選ぶぞ!俺は、アウトを選ぶ!お前はどうなんだ!ウィズ!』
『お、俺は……ずっと、インを、探して……インだけ、を』
震えながら口にされるウィズの言葉に、俺は自分の心臓が、キュウと締め付けられるような感覚に陥ってしまった。
あぁ、ウィズ。もうお前が苦しむ必要なんて一つもないのに。
俺かインかなんて、そんな二者択一、無意味でしかない。俺という選択肢など、鼻からないのだから。
それなのに――。
『おい!今、お前は“どっち”だ!?オブなのか!それともウィズなのか!その答えはどちらで出した!?』
『……それは』
『なぁ、お前、オブだろ!?お前の後悔をウィズにまで負わせるな!ウィズはアウトを選ぶべきなんだ!頼むから!もう俺が“あの子”を諦めたように、お前はインを諦めてくれよ……!なぁ、おい?ウィズの答えを聞かせろよ!』
『俺は……俺、は』
バイの、逃げる事など許さないと言った問いが、ウィズを逃げ場のない崖の淵まで追いやる。
そう、ウィズは、そしてオブは、ずっとインを探していた。インだけを求めていた。
けれど、その過程で出会ってしまった“俺”という存在が、その意思を揺るがせてしまっている。
オブとウィズという同一の心だったものを、二つに引き裂こうとしている。
苦しませている。
俺にそんな価値、一欠けらだって在りはしないのに。
——–お前らのような“記憶”の無い人間は、生きているだけで周囲を混乱と悲しみを招く、巨悪でしかない。だから、お前らは、その罪をその身をもって償わなければならない!
いつか、幼い俺に神官が言った言葉が頭を過る。
あぁ、確かに、確かにそうだ。俺はやっぱり周囲にいらぬ混乱と悲しみを生んでしまっているじゃないか。
やっぱり、あながち間違った事は、アイツらも言ってなかったって事だ。
「……まいったな」
ウィズは優しいから、きっと今ここで“ウィズ”に改めて“イン”を“選択”させてしまったら、その後の人生の全てに影を落とす事になる。
俺と言う存在が、ウィズの幸福の影になる。
俺はそれだけは絶対に、嫌だ!これ以上、俺は誰かの幸福の邪魔だけはしたくないんだよ!
———-貴方の名前はアウトじゃない!もう一度、ほら言えるでしょう!?お願いだから、私を貴方の“お母さん”にしてちょうだいよ!?ねぇ!?
頭に過る女の人の叫び声。
その瞬間、俺は勢いよくドアノブに手を掛けると、一気にその扉を開いた。