『うん!良い天気だ!』
そう、今日は待ちに待った婚姻の宴の日だ!
去年成人を迎えた、村の2組の男女が、今日から晴れて夫婦となる、特別で素晴らしい日!
『あぁっ!早く!歌いたい!』
今日は村中が、お祝いの雰囲気で、宴は村の中心である広場で行われる!しかも今日は良い天気!
最高の宴日和じゃないか!
『お父さん!見て!見て!凄い服を着せてもらったよ!』
『私も見て!お兄ちゃんとおそろいの色にしてもらったの!』
俺の足元にやって来た二人の可愛い我が子達の晴れ姿に、俺はこの子達の婚姻の宴だったかと錯覚してしまい、少しだけ泣きそうになってしまった!
『…………!』
そこには、いつもの質素で着古した麻の服ではなく、婚姻の宴に子供達が着る為に用意された、細かい刺繍の入った豪華な服と、それぞれヤギの毛で作られたフワフワの帽子をかぶっている。
今日はこの二人が俺の歌に対する踊り手だ。
『素敵だ!なんて素晴らしい子供達なんだろう!まるで主役みたいじゃないか!』
『お父さん、しっ!そんな事、おじいちゃん達に聞かれたら、また、かわりものの、ふきんしんって言われるわよ!』
『お父さんも今日は格好良いね!いつもよりピシッってしてるし、帽子も格好良い!』
それぞれ、俺に対して言いたい事があるようだが、どちらかと言えばインからの賛辞の方が耳に入ってきたので、そちらに返事をする事にする。
『お父さんは、今日だけじゃない!いつも格好良いし!いつも素敵だが!?』
けれど、そう俺が言い返した時には、俺の下から二人の可愛らしい我が子達は、それぞれの狼に連れ去られていた。
『ニア!可愛すぎてびっくりした!』
『ふふん、これはお兄ちゃんとおそろいなのよ!この、首の飾りの色のところを合わせてもらったの!』
『おっ、俺ともお揃いにしよう!な!?』
『いや!私はこれがいいの!……まぁ、フロムもすてきよ!』
『ほっ、ほんとか!俺、一番格好良いか!?』
『うん!うちのお兄ちゃんとお父さんの次に一番かっこいいわ!』
ぶはっ!ニア!さすが俺の子だ!
確かに今のフロムは俺とインの次に“一番”格好良いじゃないか!いい気味だ!
フロム。
まったくこのクソガキはいっつもニアに色目を使ってくるからな!
……まぁ、別にフロムは悪い奴じゃないし、ニアの結婚相手としては、悪くはない。
うん、悪くはないのだが。
『……はぁっ』
そうなると、俺はいつか、この二人の婚姻の準備で、あの乱暴者のオポジットと、両家の父親席で相対せねばならない日が来るのか!
あぁっ!なんて恐ろしい席なんだ!それを思うと今からお腹が痛くて仕方がない!
『……ん?』
そう、俺が今から数年先に控えているかもしれない未来予想図を想い横腹を抑えていると、ニアとフロムとはまた反対の方向から聞こえてきた言葉に、耳を奪われていた。
『い、イン?綺麗だよ。本当に、一番きれい。いつも以上にきれいで、それに、かっ、可愛いから、びっくりしたよ』
え、オブ。
お前が今日の花婿なのか?そうなのか?それは昔、俺とヴィアの婚姻の宴前に、綺麗に着飾ったヴィアに向かって、俺が言った台詞と、まんま同じじゃないか!
『いや、同じではないか……』
まぁ、俺の場合“一番きれい”の前に“俺の次に”という一言を付け加えたせいで、ヴィアの父親に宴の直前に、勢いよく殴られたのだが。
今となっては良い思い出である!
『……オブ、今日一番きれいなのは花嫁さんで、オレはかっこよくしてもらったんだよ?』
『あっ!あぁっ!そうだったね!インがあんまりも素敵だから、ビックリして言い間違っただけ!インの素敵さと素晴らしさは、主役を上回るよ!』
絶対に格好良いとは言わないんだな。
俺は“素敵”と“素晴らしい”で全てを包み込み、挙句には“主役を上回る”と、結局インが一番だと存外に伝えているオブに、最早隠すことなく笑い声を上げてしまった。
『ぶははははっ!オブ!お前、本当に筋金入りのインの愛好者だな!?お前にとってはインが何より一番ってことか!』
『げ、スルーさんも居たんですね』
『最初から居たわ!気付いてた癖に、わざと気付かないフリをしてた癖によく言う!』
そう言うと、俺は勢いよくオブの頭をかき混ぜてやった。オブも婚姻の宴の話は事前に聞いていたせいか、いつもよりも少しだけ正装に近いような格好をしている。
『ちょっ!止めてください!っあぁあもう!止めろって言ってんだろ!?』
『少し髪の毛も崩れていた方が、より素敵だぞ?』
『適当な事言うな!?』
いや、本当の事なのだが。
こういう場だ、少しの遊び心というのは、髪の毛にも格好にも必要だと思うのだがな。
『オブ!今日の格好、いいね!すっごく格好良いよ!』
『そっ、そうかな?』
そういう、黒っぽいビシッとした格好をしていると、それはまるで彼の父親、ヨルのようなのだ!さながら幼い頃のヨルとでも言うのだろう!
うん、今日のオブは、素敵の上だな!
『うん!オブのお父さん、あっ!そう、ヨルさんみたいだよ!髪の毛もピシッとしてる所なんて、特に!』
『…………』
インの褒め言葉が、オブにとっては完全に“ヨルの下”という屈辱極まりないモノになっていたのだろう。
オブはジトリと俺の方を見ると『もうちょっと髪の毛をやってもらっていいですか』と頭を差し出してきた。
『まったく、オブ。お前の愛好者具合には頭が下がる』
『……インに変な言葉を教えないでください』
さて、コイツの父親は、来れているだろうか。
『ねえ、オブ。ヨルさんは来ないの?』
俺が気になっていたところに、インがちょうど同じ疑問をオブに呈してくれた。うん、さすが俺の息子である。
そして、自然と付けるアイツへの名付けも、俺と同じ理由で“ヨル”だ。インと俺は親子でありつつ、本当に気の合う友人のようだ!素晴らしい!
『……お父様?さぁ、来る気でいたみたいだけど……どうだろ』
『来ればいいのにねー』
『(悪いけど、来ないで欲しい)』
おいおい、殆ど声に出てるぞ。オブ。
そうか、まだヨルは来れるか分からないか。
———-無理だと言ったら、お前が側に居て助けてくれるのか?
———俺の見える所に居てくれ。
そう、昨晩、苦しそうな表情で助けを求めてきたヨルの姿を思い出し、俺はオブの髪の毛を簡単に整えてやりながら『ふうむ』と息を吐いた。
『オブ、今日は嫌なヤツが来る日でしょ?もし来たら、オブが皆を守ってね!』
『うん、もちろん。俺がインを守るから』
俺の足元で、そう昨晩のヨルと同じような表情を浮かべながら、けれど、その小さな拳に全ての意気込みをねじ込んだオブが勢いよく頷いた。
なぁ、オブ。頼むからインだけじゃなく、“みんな”を守ってくれよ。
さて、ひとまず俺は屋敷に居るヨルにも届くように、大きな声で、素敵に歌い上げるしかないだろう!