『さぁ、イン。ニア。準備は出来たか?』
『うん!』
『だいじょうぶ!』
さぁ!全ての堅苦しい儀式が終わった!
互いの家族の挨拶、二人で羊の乳を飲ませ合う儀式、村を練り歩く儀式。
その他にも色んな『それはもうよくないか!?』という儀式の全てを終えた、2組の花婿と花嫁が、村の中心にある主役が座る豪華な台座に腰かけた。
『オポジット達が演奏を始めたら、俺は歌い始めるから、二人は練習通りに踊ること!途中、インは俺と歌う所があるのも忘れずに!』
『わかってるよ!オレはいっぱい練習したから大丈夫!』
『わたしは、お兄ちゃんと違って、ようりょうがいいから、練習は少しでもだいじょうぶ!』
女の子はほんとに口の成長だけは人一倍だ。
そうこうしている内に、表の方からオポジット達の演奏する弦の音が響いてきた。
『よしっ!行くぞ!』
『おー!』
『わーい!』
———-高らかに、声を、歌を、幸福を、空へ。
俺は二人の子供達と村人たちによって囲まれた2組の主役のもとへと駆け出した。
あぁっ!素晴らしい!昼間にここまで声を抑える事なく歌い上げられるなんて、一体いつぶりだろう!
今なら誰も俺を咎めない!皆笑っている。可愛い我が子は歌って踊って、皆今日ばかりは豪華で美味しい料理を口にして。
新しくできた家族は本当に幸せそうだ!
———-新たな歴史を作る、二人の道筋は幸福であり、
そして、何より。
———-わたしを偽らずにいれるあなたとの、日々は、今後、なにがあろうとも
ヨルが居る!
———-わたしを強くする。それこそが、わたしの幸福。
俺はヨルの屋敷まで聞こえるようにと、風に乗るように、風と同化するように歌い上げていたつもりだったが、なんの事はない。
ヨルは婚姻の宴に来てくれていた。一番後ろで、こちらを見ている。
あぁ、やっぱり今日のヨルは素敵の上だ。いや、もしかすると、上の上の上で。
上過ぎて空まで届きそうな。
そんな、素敵の空みたいだ!素晴らしい!
———-目を閉じた先に、居る、貴方の
そう、俺が余りの嬉しさにインとニアの傍まで歌いながら踊り散らした時だった。
馬の蹄音と、車を引く音が近寄って来た。この音は少し前に聞いた。
ヨルがこの町に、初めて来た時に聞いた、あの音だ。
『なんだ?』
『あれ?領主様?』
『誰だろう?』
一瞬にして宴の注目が、主役たちから逸れる。そりゃあそうだろう。この広場の真横まで、あんな豪勢な馬車が乗り付けてきたのでは、皆、そちらを向かずにはおれまい。
これは面倒な事になった。今日は“彼ら”の一生に一度の晴れ舞台だ。
どうしたものか。
そう、俺が思ったと同時に、それまで皆の後ろから此方を、俺を見ていたヨルが馬車へと近寄って行った。ついでに、一番前でインの最高の愛好者となって、その表情をうっとりさせていたオブまでもが立ち上がる。
オブ、アイツ。
さすがに先程までの顔とは大違いだ。最早、その手には先程の決意を込めた拳が作り上げられている。はてさて、こっちも大変な事になるかもしれない。
『イン、ニア』
『お父さん』
『お父さん』
俺の可愛い我が子達が、踊りを止めて俺の所に駆けてくる。俺は、馬車から降りて来た2人の人影に目をやると、そこには、なんともまぁ、ヨルやオブと似た、けれど圧倒的に二人とは異なる”2人”が下りて来た。
『お父さん、子供もいる!オブみたいな子だ!』
『それ、絶対にオブには言うなよ』
『なんで?』
なんでって、そりゃあ。
俺が説明する前に、ヨルが馬車から降りて来た、茶色のおしゃれな帽子をかぶった男に話しかけている。
あぁ、あの男か。ヨルの兄で、ヨルを下に見ていないと安心できない子というのは。
『まるで。夕まぐれ、みたいな奴だな』
暗闇を恐れ、自分はまだ日の当たる場所に居るのだと、必死に夜から逃げようとしている。夕間暮れ時のような男。夜は怖くないのに、夜は優しいのに。
日の光が無くなる事を、恐れすぎている。
あの男は、”夕まぐれ”の男だ。
そんな事を思っていると、ニアが俺の手を引っ張って来た。
『ねぇ、おとうさん』
『どうした?ニア』
『あの子、わたしをみてる』
『……ほんとだ』
ニアの言うように、俺がオブと向かい合っている、夕まぐれの隣に立つ子供に目をやると、それは確かにチラチラと此方を、ニアを見ていた。
その頬は、ほんのりと赤く色づいているではないか!
あぁ、我が娘がまた一人の男を恋の地獄へと追いやってしまったか!うちの娘は、なんて罪な少女なんだ!
『いい加減にしろ!?エア!俺の事はいいだろ!』
すると、俺にとっては初めて聞くヨルの怒鳴り声が、広場中に響く。
あぁ、これはこれは本格的にヤバイ。そして、ヨルの足元に立つオブも、どうやら我慢ならない事を言われたのか、今にも夕まぐれの子供に飛び掛からん勢いだ。
このままでは婚姻の宴は台無しになってしまう。
『イン、ニア。聞いてくれ。このままだと婚姻の宴が台無しになる』
『だめよ!そんなの!ビフォ姉さんも、ビサイト姉さんも、今日の事を楽しみにしてたのに!』
『うん!ダメだね!皆で楽しみにしてたんだから!』
『そうだろ、俺達で宴を救うぞ!』
俺はインとニアの背に手をかけると、問題が起こっている箇所を指さし、二人に指示を出した。ともかく、まずはインを早く行かせないと。オブのヤツは、どうも“守る”という行為に関して、大いに勘違いしている。
『ビロウ!お前、それ以上バカにしてみろ!ただじゃおかないからな!』
おいおいおい。オブ!何に怒ってるのか分からないが、まずその拳を解け!
暴力では、基本的に何も守れないと、あとでしっかり説教してやらないと。
父親の方をな!その位、親が子供に教えておくもんだ!ヨル!
『オポジット!嫌かもしれないが俺の言う事をきけーい!』
そう、俺はオポジット達、演奏をしていた集団に近寄って、ともかく俺の合図ですぐに演奏を始めるように頼んだ。変わり者の俺の意見など聞いてもらえるかと、不安だったが、そんな心配は不要だった。
『わかったから、お前。子供だけ走らせてないで、行け』
オポジットは俺に向かって手の甲で「あっちに行け」とでも言うように、手を振ると、俺は一瞬目を瞬かせて固まってしまった。
———-スルー、お前が思っている程、周りはお前を“変”には思っていないぞ
いつかのヨルの言葉が俺の耳に響く。あれ、そう言えば、俺はいつから“変わり者”だと思うようになったんだっけ。
『いや、今はそれどころじゃないな!』
チラとヨル達の様子を見てみると、状況は最悪だった。
ヨルは何故か夕まぐれに胸倉を掴まれており、逆に、オブは夕まぐれの子供に拳を振り上げていた。
暴力が少しでも振るわれた瞬間、この婚姻の宴は、何の力を持ってしても修復不可能になる。そう、全ては俺の足に掛かっていると言っても過言ではないのだ!
『とうっ!』
俺は渦中の場所まで一気に駆けた。それはすなわち、婚姻の宴の会場を斜め一文字に大横断したという事だ。ついでに、通り過ぎ様に、花嫁と花婿に瞬きをするのを忘れない。
大丈夫!今日の主役はキミたちだ!
この村で、俺の足に敵う者などいない。居るとしたら、狼くらいだ!