209:買い物に行こう

 

「ウィズ、こっちはどうだ?」

「いや、待て。アウト、それはどう考えても生地が夏モノだろう」

「じゃあ、コレは来年の夏用に使ったらいいじゃないか!」

「おい、今日は店の冬支度の買い出しだと言っただろうが!」

「この柄が!素敵なんだよ!夜空みたいで!この、点々が星で、この大きい丸が月みたいで素敵だろうが!よく見ろ!」

 

 そう言って俺は、手に持っていた素敵な布をウィズの目の前に突き出してやった。

 そんな俺に、ウィズはいつもの如く、頭を抱えて溜息を吐く。

 

「俺の店は基本、薄暗い灯りを基調とした色砂を使っているから、布は明るめがいいんだ」

「じゃあ、これはウィズの寝室の窓掛にしてよ!な!それがいい!」

「……はぁ。アウト。お前は本当に月とか、星とか、夜空が大好きな奴だな」

「大好きだ!俺は昼より夜の方が好きなんだよ!」

「酒が飲めるからだろう」

「まぁ、それは言えてる!そうそう。俺の部屋にある窓掛も素敵だから、今日、帰りに見ていくといいよ!」

「わかった。わかったから、余りはしゃぐな。周りを見て動かないと、また体をぶつけるぞ」

「わかってるよ!」

 

 俺はその手に持っていた薄い布を、無理やりウィズへと手渡すと、またしても布の山への採掘を再開した。

 そうか、確かに柄で選ぶのも大切だが、生地の厚さも意識して選ばないといけないわけだな。

 

「じゃあ、今度は分厚い布を探す!」

 

 後ろから「まったく」と、実際の所、全く困っていないであろうウィズの声が聞こえてくる。

 何が「まったく」だよ。どんな風にウィズが言ったって、俺は分かっているのだ。どれだけ困ったような表情で装った所で、ウィズは俺の言う事を聞いてくれると。

 

 さっきの布だって、きっと夏を待たずに、ウィズの寝室の窓掛になる。

 だって、ウィズは――。

 

「ちょろいからなぁ」

「おい、聞こえてるぞ」

 

 聞こえてるぞ、というその声を、俺はヘタクソな鼻歌を歌って聞こえない振りをした。

 

 

 

         〇

 

 

 

 

 今日は、ウィズとのお出かけの日だ。

 休みを1日使って、今日はひたすらウィズと遊ぶ予定にしている。

 

 どうやら、明日からウィズは教会の仕事が忙しくなるらしく、しばらく酒場も休みにするらしい。どうせ、今の俺は酒など飲めないのだが、店が休みになると言われると無性に寂しい気分になってしまう。

 だから、実質、こうしてウィズとのんびりした時間を過ごす事も、しばらくは出来ないだろう。なので、今日は思い切り遊ぶと、俺は決めているのだ!

 

「たくさん買えたなー!」

「買い過ぎだ……。俺は冬支度だと言ったのに、お前はポンポンポンポン、春モノから夏モノまで季節問わず選ぶのだから。こっちは、たまらない」

「いいだろ!だって全部、素敵だったんだから!別に春も夏も秋も冬も、どうせこれから全部来るんだし!その季節が来たら、絶対に全部使ってくれよ?ウィズ!」

 

 俺は、あの店で買った布達を思い出しながら、心底満たされた気分だった。

 俺の金だとしたら絶対に買えないような代物を、ウィズが金を出すと思えば気兼ねなく買える。

 アレも、コレも、アッチのも、ソッチのも!気に入ったモノ全部だ!

 

 あぁ!他人の金でする買い物って、なんてこんなに清々しいんだろう!

 

「アウト、お前が買ったんだ。季節支度は買うだけが“支度”じゃない。模様替えも必ず手伝ってもらうからな」

「うげ」

 

 ウィズがどこか怪訝そうな表情浮かべ、そんな事を言う。まぁ、店中の布類を取り換えるのだ。確かに重労働かもしれない。

 お疲れ様です。ウィズ。

 

「なぁ、ウィズ。さっき買ったヤツって、全部店に置いてきて良かったのか?」

「当たり前だ。あんな大量の布、そうそう持ち歩けまい。心配しなくとも、後から送って貰うように手配してある」

「ほほう。金のある男は、そうやって滞りなく時間を過ごすのにもお金を使うのか」

 

 俺は隣を歩く、ともかく人生で何かに“滞る”事など一度もなかったような、美しい男を見て深く頷いた。うん、俺には一生かかっても、そんな、手間を金で解決するような、そんな豪勢な金の使い方はできまい。

 

「アウト」

「なんだよ」

「今日買った布の季節支度。必ず、全部手伝って貰うからな」

 

 そう、何故か急に真剣な声で、再度問いかけてきたウィズに、俺は返事をしなかった。いや、別に無視をした訳ではない。出来なかったのだ。

 なにせ、目の前に俺の大好きな古市が、大々的に開催されているのを目撃してしまったからだ!

 

 

「おい!ウィズ!あれ!あそこに行こう!」

「…………」

「ウィズ!古市で何か掘り出し物があったら、それも酒場用にしよう!」

「おいっ、アウト!転ぶぞ!」

 

 俺は黙ったまま、此方を見て何も慌てた様子のウィズの手を無理やり引いて走った。こんな風にウィズの手を引いて走るなんて、初めてな筈なのに、この時俺は心のどこかで“懐かしいと感じてしまっていた。

 

 変な感覚だ。

 

 

「そうか!ちょうど古市が開催される日だったか!これはツイてる!」

 

 俺は、ズラリと立ち並ぶ小さな店の前でウィズの手を離すと、俺の横掛けの鞄から気に入りの手帳を取り出した。そして、その気に入りの手帳カバーの内側に小さく書かれた数字の羅列。それは正に、数年前の今日の日付であった。

 

 数年前の正に今日、俺はこの手帳カバーを、この古市で買ったのだ。

 

「もう、コレを買ってそんなになるのか」

「へぇ。良い品が揃ってそうだな。見ていくか」

「うん!」

 

 ウィズからの提案に、俺は人で賑わう露店を見て回る。俺は古市が好きだ。基本的に手作りで一点モノが多いし、古いモノも揃っているので味がある。

 

「俺、こういう古いものが好きなんだよなぁ。アボードには古臭いし、ジジ臭いって言われるけど、俺は良いと思うんだ!」

「まぁ、そうだな。確かに悪くない感覚だと思うぞ。この花瓶は、店にも置きたい」

 

 俺はウィズが俺の意見に頷いてくれるのが嬉しくて、目の前にある露店をじっくりと眺める。確かに、ウィズが見ている花瓶はガラス素材なのに、全体的に落ち着いた色味をしていて、とてもあの店に合いそうだ。

 

「いいな!それは良いモノだ!是非、買うといい!この花瓶は店の奥の、棚の上がきっと合うに違いないな!うん、素敵だ!」

「他人の金だと思って、今日はやけに威勢がいいな」

「あはっ、バレたか。ウィズには気を遣わずに金を使わせられるから、一緒に買い物をすると楽しいよ!」

「まったく」

 

 苦笑するウィズの隣で、俺はウィズの見ていた花瓶を手に持ってみた。割れないように、そっと。

 やはりコレは新しく作られたモノではないようで、色のくすみは長い年月でついた年季のようなものだった。

 

 きっとこの花瓶は、今まで様々な人々の手を渡って、今こうして俺の手元にやって来たに違いない。

 あぁ、そんなの更にすてきじゃないか!