216:きゅんとして嫌な予感

 

         〇

 

 

 あぁっ、何度見ても素晴らしい場面だ!

 太陽王と画家の二人が、ある兵士から聞いた秘密の美しい場所で、互いの弱さを語り合う場面。これは本当に胸を打つ!

 

 こういう気持ちを“きゅん”とする、とアバブから教えて貰った。

 

「きゅんとするなー」

「アウト。本に夢中なのは分かるけれどね、もう少し顔を上げてくれないかな?」

「……っは、こう?」

「そうすると、本でアウトの顔が見れないんだけどなぁ」

 

 俺はモデルをしながら、鞄に入れて持って来ていた中級教本を読んでいた。

“サイオシ”の居る場所、つまりアバブに言わせれば“聖地”で、こうしてこの中級教本を読むと、一体どんな気持ちになるのだろうかと、俺はワクワクしながら頁を捲る事にしたのである。

 

「困ったな。モデルもしたいけど、今、きゅんとして、とても良いところだからなぁ」

 

 すると、聖地とかそんなの関係なく、やはり俺は教本に夢中になってしまい、どうやらモデル業がおろそかになっていたようだ。

 

「アウト。またソレを読んでいるのか」

「うん。ここは“サイオシ”の聖地だから。聖地で読むとどんな気持ちになるのかなって」

「……最推し」

 

 俺の言葉にウィズがなんとも言えない表情になる。これは素晴らし過ぎたので、ウィズにも読んでもらったのだが、ウィズには余り響かなかったらしい。

 なにやら太陽王の設定が余り好みではないようだ。

 

———俺のこの本での最推しは、もちろん太陽王だ!何があっても自分の最愛を守り抜く決意をする王!惚れるわ!

———太陽王。この男はどうにかならないのか。名前も性格も、ギラつき過ぎだ。

 

 うん。やはりバイとウィズの趣味は、とことん合わないようだ。

 

「さぁ、アウトさん。この本は俺が没収させて頂くことにします」

「ああぁっ!」

「今はアズのモデルに集中してください」

 

 そう言って、セイブは俺の手から中級教本を取り上げると、俺の肩脇からソッとアズの方を指さした。光り輝く太陽の如きこの美青年の、この眩しい美しさの前に、俺がどうして抵抗できようか。

 

「別に、本くらい構わないだろう」

「先生?貴方のように、彼を見ているだけで幸せに浸れる人間とは異なり、アズは彼の絵を描かねばならない。邪魔しないで頂きたいです」

「ハイハイ、二人共喧嘩しないで。アウト、少し我慢してくれないかな。ほら、こないだみたいに、それで好きなように絵を描いたらいいじゃないか」

 

 まるで子供でもあやすように言われてしまえば、俺も最早頷くしかない。なにせ、俺がここで無駄な抵抗でもしようものなら、太陽と月が喧嘩しかねないのだ。

 喧嘩して、どちらが強いか見届けても良いのだが、それだとこの聖地の安寧が完全に失われてしまう気がする。

 

「……じゃあ、俺はウィズを描こう」

「何故そうなる」

「それなら、俺はアズの隣で、この興味深い本を読ませて頂こう」

「え゛!?セイブ君が読むの!?」

「何か問題でも?」

 

 セイブが自身の椅子を持って、わざわざ絵を描くアズの隣に腰かける。

 腰かけ、何事もなかったかのような様子で教本を読みだすのだから、俺は「あ、あ」と意味のない言葉で、その焦りを発散させるしかなかった。

問題があるか無いかで言えば、大有りだ。なにせそのお話のモデルは、貴方方なのだから!

 

「諦めろ、アウト。あれは一度言い出したら聞かない」

——–なにせ、筋金入りの本物の国王だからな。

 

 ウィズの言葉に俺は「あぁっ」と肩を落とすと、絵描きの道具を手に、チラリと並ぶ二人を見た。

 セイブとアズ。太陽王と一介の雇われ画家。物言わぬ二人だが、二人の口元には互いに薄く笑みが浮かべられている。

 まるで、言葉など無くとも二人は心の中で会話でもしているようだ。

 

 そんな二人を見て、俺の脳裏に何かが過る。

 

「……あ」

 

 俺はこの光景を何度も、何度も、見たことがあるような気がする。

 

 

———-キミ、私達の絵は上手く描けてる?大丈夫、思ったまま、感じたままに描けばいい。

———-あぁ、国王様の絵が描けたら、君の絵も描こう。うんと素敵に描いてあげるからね。あの素敵な場所を教えてくれたお礼さ。

———-おい、お前。そうだ、お前だ。そこの兵士。名前は何という。

———-次から、リーが俺の絵を描く時の見張りは、必ずお前がやれ。いいな。

 

 

 教本の中の台詞が、俺の頭の中に木霊する。いや、こんな台詞は教本にもなかった。

 では、これは一体誰の言葉だ。

 

———-おいっ!なんで禁軍であるお前が此処で俺に剣を向ける!?まさか、これはっ。

 

「あれは、敵国からの奇襲なんかじゃない。弟王擁立の為の、クーデターだった」

「アウト?」

 

 

 チラリと二人の並ぶ様子を見れば、そこにはあの日のまま、仲睦まじく並んで、言葉無き言葉で語り合う二人の様子。絵を描く画家と、国に栄光をもたらす太陽王。

 俺の手には剣はない。あるのは筆と色具だけ。

 

「アウト!」

——-リンリンリン。

 

 ウィズが俺を呼ぶ声と、アトリエの入口の鐘が鳴ったのは同時だった。背中に嫌な汗が流れる。

 

 

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