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「今日は大変だったなぁ」
「……大変だったな、じゃない。お前は本当に自分の体について、まったくもって自覚が無さ過ぎる」
「ごめんなさい!もうその台詞、36回は聞いたので、もう大丈夫です!」
「1000回は聞かされると思え!?」
「ひええ!」
俺は、もうハッキリと夜になってしまった空の下を、ウィズと共に歩いていた。
あれから、俺はと言えば、ひとしきりウィズの説教を聞いた。聞き続けた。
途中、気を失っていた長髪の殺人鬼が「うぅ」と呻き声を上げた事で、一旦中断された、ウィズからの説教。
しかし、それはあくまでウィズにとっては“一旦”停止しただけの事だったらしい。
自警団を呼び、犯人を引き渡し、事情聴取及び、現場の検証を行っている間も、俺はウィズから懇々と説教を食らい続けたのだ。
「まったく、あぁ、まったく。お前はセイブを“国王様”などと呼ぶし、変に騎士の真似事のような行動を取るし……お前は、一体何なんだ」
「アバブの教本の読みすぎだろうなぁ」
「そんな訳あるか!」
ウィズの言いたい事は分かる。そして、それはあの場に居たセイブやアズもそうだろう。二人共、何度も俺に「君は」と声を掛けてきたが、それに対し、俺は彼らの望むような言葉を返す事は出来なかった。
なにせ、俺は本当に自分で自分が何をどうしたのか、何を考えてあんな事をしたのか、理解出来ていないのだ。
それこそ、最近までずっと読み続けていた、アバブの教本の影響だとしか考えられない。けれど、やはりそんな理由では周囲は納得できないらしい。
「こんなの、昔からよくある事さ。そんな大した事じゃない」
「よくある事って……」
「そうさ。俺って何か、自分でも良く分からないけど、相手にとっては“重要”らしい事を言っているっぽいんだ。だからよく、記憶もないのに、前世の誰かにすげ替えられる」
「すげ替え……」
俺にとっては、今日のコレも今まで数多く起こって来た出来事の一つでしかない。本当に、この世界の皆は、過去に会いたい誰かを心の内に住まわせているのだなぁ、とただそれだけだ。
ずっと思っているから、たまたま“それっぽい事”を言われただけで、自分の都合の良いように解釈する。
それで“すげ替え”完了。
「今日だって、ただ単純に、刃物を持った男からセイブ君を守ろうとしただけだろ?たまたま最初に気付いたのが、俺ってだけ」
俺は空に浮かぶ月を眺めながら、忘れていたもう一つの予定を思い出した。
もう、こんなよくあるいつもの話は良いだろう!つまんなくて仕方がない!
「なぁ!ウィズ!忘れてた!俺、お前を連れて行きたい場所があるんだった!そこで、ウィズにめーどの土産として、頭の中で計画している“ちょっと危ないこと”を教えてやろうとしてたんだ!」
「ちょっと、危ない事だと?」
ちょっと危ない事。という俺の言葉に、ウィズのそれまで浮かべていた怪訝そうな顔に、少しだけ不安の色が過る。そうそう、同じような説教を受ける位なら、また別の事で怒られた方がマシってもんだ。
37回目の同じ説教より、1回目の新しい説教を、どうせなら聞こうじゃないか!
「ウィズ、時計台って知ってる?」
「あ、ああ。あの、あそこに見えている高い建物だろ。もちろん知っている」
「そう!じゃあさ、行った事ある?ある?登ったことある?」
「一度だけ」
「階段で登った事は?その時は昇降機を使ったんじゃないか!?」
「階段では、ないな。急にどうしたんだ?アウト」
やっぱり!あそこは階段で登った時の壁画が、とても素敵なのに!これはウィズにも教えてやらないと!
あれは、登っても下っても、どちらから歩み始めても、終わりは必ず“出会い”で終わる。
いや、もしかしたら“出会い”と言うよりは、“再会”を意味しているのかもしれない。登る時に一度出会い。そしてまた、下り終えた時に“再会”する。
きっと、ウィズもあれを見たら感動するだろうし、なによりインに会えるかもしれないという元気に繋がるかも。
「あの時計台は、階段で登ってこそなんだよ!俺がウィズを案内してやるからな!あとは登ったあと、ウィズにめーどの土産をやるから、楽しみにしてろ!」
そう、勢いよくウィズの手を掴むと、夜中の皇国の街を勢いよく駆け出した。後ろから、ウィズの戸惑う声が聞こえる。
「おいっ!わかった!行く!行くから!アウト!お前転ぶぞ!ゆっくり歩け!」
「あはは!俺は転ばないさ!大人なんだから!」
「そんなモノは何の保証にもならん!」
「なら、転びそうになったら、ウィズが引っ張り上げてくれよ!」
俺は笑いながら走るのを止めないでいると、もう、ウィズから避難の声が上がる事はなかった。
ただ、俺の提案を肯定するように、俺を掴む手に力が籠る。あぁ、分かった。とでも言っているようだ。
「ウィズ!明日から仕事がんばれよー!」
「……俺が居ない間、大人しくしておけよ」
「うん!俺は大人だから大人しくできるさ!」
「まったく、信用ならん言葉だな」
俺は、きっと明日からもうしばらく顔を合わせる機会の減るであろう、月のような男を見ながら時計台を目指した。
今日の内に、ウィズに伝えておかなければならない事、渡しておきたいものが
俺には山ほどあるのだから。
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きみとぼくの冒険。第8巻。第1章。
【いそげ!いそげ!】
大人国の王様!月の王子様!あなたがどちらだって、私はかまいませんよ!
もちろん、あの子にとってもそれは同じでしょう!だって、“あなた”である事に変わりない!
大人と子供だって立派な“ともだち”になれます!手をつないでいさえすれば!
そして、あの子もいつかは立派な“おとな”になる!
あなたは早くあの子に“おとな”になって欲しかったのでしょう?早く同じ“おとな”になって、本当の友達になりたかった!だから、あなたは、また大人国に来て、わざとあの子を捕まえさせた!
けれど!いそいで!
早く!早く!あの子の元へ行ってあげてください!牢屋なんて暗い場所に、あの子をどのくらい入れていたんですか!
以前は、あなたが手をつないでくれていたから、お話をしてくれたから、あの子はこの夢の世界で迷子にならずに済んだ!けれど、だめです!
あの子を一人でくらやみに置いたらどうなると思いますか!子供は大人と違って、夜には眠るものです!あの子だって同じなのですよ!
あの子は眠ることで、此方の世界にやって来る!それを此方の世界でまで眠ってしまったら!
もうあの子はその先でも夢を見て、そこでも、さまよい続けることになる!もう一生目覚めなくなってしまうんです!
王様、王子様!いそいで!いそいで!早くあの子をくらやみの牢屋から出してあげて!
ておくれになるまえに!