221:ちょっと危ない計画

 

 

「ふうむ。これは困ったな」

 

 俺は現在、非常に困っている。

 何故かって?

 

「ウィズのヤツ、俺を監禁しやがったな」

 

 そう、俺は今現在、監禁されている真っ最中だからだ。

 俺はこの酒場を含むウィズの所有している建物から、一歩も外へと出られない。これは比喩でも、過剰な表現でもなんでもない。

 

「っていうか。扉に触れないって、一体どんな魔法だよ」

 

まず、外へと通じる扉という扉が、そもそも触れる事さえ叶わないのだ。触れようとすると、空間が歪んでいるかのように、俺の手はドアノブから全く別の方へと手を伸ばしてしまっている。

 きっと、ウィズの事だ。その身に余りあるマナを使って、魔法のような不思議で凄い力を使っているに違いない。

 あぁ、なんて奴だ。

 

「……いや。もしかして、実はずっと閉じ込められてた?」

 

 もしかすると俺が今まで気付いていなかっただけで、実はずっと監禁されていたのかもしれない。確かに、こうしてウィズが居ない間に、自ら外へと出ようとした事は、今まで一度もなかった。

 だとすると、俺は相当な間抜けという事になる。何故なら、その事実に気付いたのは、つい先程の事だったからだ。

 

 もう一度、冷静に状況を把握するために、きちんと、今度は口に出して述べてみよう。

 

「俺は、ウィズによって監禁されている」

 

 

———-ここから、飛び、下りるだと?

 

 

 俺はウィズの口から放たれた、呆れと怒りと驚愕に彩られたその声を、今も耳の奥で鮮明に思い出す事ができる。

 

「ウィズ、怒ってたもんなぁ」

 

 あの日、俺はウィズと共に時計台に登った。

登る途中で壁画の説明もしたし、登った先でウィズと色々話しもした。めーどの土産も渡せた。

 そう、めーどの土産を、ウィズに手渡した所までは、俺にとっては非常に良かったのだ。

 

 俺が手渡したモノを見ながら、なにやらウィズは非常に苦し気な様子で、俺の事を見ていたが、もうこのウィズの顔にも慣れた。ウィズは、最近、いつも俺を見る時は、そんな苦しそうな顔をする。

 否、俺がさせている。

 俺としてはそれは非常に不本意なのだが、もう俺にはウィズを嬉しい気持ちにさせてやる事は出来ないのだと、諦めた。

 

 でも、大丈夫だ。これはきっと“イン”が帰ってきさえすれば、全て解決する事なのだから。俺ではなく、インに笑顔にしてもらえばいい。

 

 ともかく、そのめーどの土産をウィズに渡し終えた所で、俺のやりたかった事は、残す所1つとなった。俺はウィズに、かねてより計画していた【アボードへのめーどの土産計画】をウィズへと打ち明けたのだ。

 なにせ、これは少しだけ危険が伴うので、事前にウィズに言っておかなければ、俺はウィズから殺された挙句、ウィズも自殺してしまうかもしれないからだ。

 

 そう、以前ウィズが雷鳴轟く怒りを、俺にぶちかました時に言った。

 

———-あうと、お前がまた死にたがりで愚かな事をしたら、俺は、もう

———-お前を殺して、俺も死ぬ。

 

 俺は、まだまだやるべき事があるのだ。それなのに、それをやり遂げる前に殺されてはかなわない。それに、ウィズもインに会う前に自殺しては、それこそ俺の行動の全てが無駄になってしまうので、何としてでも阻止しなければならない。

 

 いつもウィズはこう言って怒るから。

 

———-何故!事前に俺に言わない!?

 

 だから、今回はちゃんと事前に伝えた。

 ちょっとだけ危ない、けれど別になんて事のない計画を。

 

 

『ウィズ、俺さ。アボードの試験の為に、ここから飛び降りる予定なんだけど、別に心配しなくていいからな?』

『は?』

 

 心配しなくていいと言ったのに、そこからのウィズは最早一言も俺の言葉を聞く気は毛頭ないようだった。

 一応、何故俺がそんな事をするつもりなのか?とは尋ねてくれた。だから、俺はきちんと説明した。

 

『アボードの昇格試験が上手くいくように、だよ!』

『もっと詳しく、俺にも分かるように言え』

『えっとな。アボードはさ、高い場所から落ちて死ぬのを、凄く怖がるんだ。多分、前世で怖い事があったんだと思う。けど、だからって皆の兄貴であるアボードは、周りのヤツに高い所が怖いから、航空騎馬になんて乗れない!なんて言えないんだよ。だから』

『だから?』

『俺が飛び降りるんだ!アボードは自分が高い所から落ちて死ぬよりも、俺が死ぬ方が怖いんだって!怖い事ってさ、それよりももっと怖い事があれば、怖くなくなるだろ?だから』

『だから、お前が此処から飛び降りる、と』

 

 そこからのウィズは、もう目が本気で据わってしまっていた。

 

 

 あれ、これはもしかして、相当ヤバイのでは?

 

 

 なんて俺が思った時にはもう遅かった。

 俺がどんなに『大丈夫だ!アボードはいつも俺が落ちる時は、必ず走って助けに来てくれるから!だから、俺は死なない!』と声高に叫んだところで、最早、俺の声はウィズにとっては羽虫の羽音と同じだったようだ。