223:死ななかったら、また

「ごめん。ヴァイス。今のじゃ、全く分からなかった。どーきってなに?」

『まぁ、簡単に言うと、僕とアウトは、既に一心同体?みたいな感じなんだよ』

「そんな訳ないよ。だって俺はヴァイスとは別々の人間なのに」

 

 そう、俺が立ち上がって目を瞬かせるファーを撫でながら尋ねる。ファーは俺の撫でる手が気持ち良いのか、またしてもニッコリとした表情を浮かべると、そのままコテリと眠り始めてしまった。

 あぁ、やっぱりファーは一番可愛い。

 

『ねぇ、アウト。今、ファーの事、一番可愛いって思ったでしょ』

「え、うん。もしかしてヴァイスからは俺の事が見えてるの?」

『いいや、見えてないよ。ただ、僕はアウトと同期をしているから、今、アウトが何を考えているのかが分かるんだよ』

 

 また“どーき”だ。

 その“どーき”をすると、ヴァイスは俺の気持ちが分かる。そういう事。はい、わからん。

 

『確かに僕達は別々の人間だ。けどさ、今のアウトの中の生命維持に使ってるマナの構成要素の半分以上は、今や僕のマナなんだよ?という事は、今、アウトの中身は半分僕なんだ』

「半分、ヴァイス……」

『そう!だから、僕が思うと、アウトに伝わる。アウトが思うと僕に伝わる』

「えっ!?じゃあ、本当にヴァイスは俺の事をどこかで見ているんじゃなくて、俺の思っている事がそのままヴァイスに筒抜けだって事?」

『回線を繋げばね。まぁ、僕のマナがアウトの中にある訳だから、この同期による情報共有は僕からしか開けない。僕の思考はアウトには読めないけれど、僕はアウトの思考が読める』

「う、うわぁ」

 

 何という衝撃の事実だろう!

 俺は自分の思考回路が、他人から丸見えだった事を知り、なんだか頭を抱えたい気持ちになった。そして、こんな気持ちすらも、今のヴァイスには筒抜けだと思うと、なんだかもう堪らない気分だ。

 

『僕も驚いたよー!アウトがこんな事やあんな事を考えているなんて!アウトって天然の陽キャと見せかけた陰キャ……いや、闇キャだったんだ!すごいすごい!予想外の予想通り!さすがは僕のお気に入りだね!』

「……あ、そう」

 

 あぁ、ヴァイスの言っている言葉の意味が、俺には半分だって分からない。

 俺は頭の中に響く、無邪気な笑い声に、どっと疲れてしまった。もう、このまま何も考えずにベッドに飛び込んでひと眠りしたい。本当に、そんな気分である。

 けれど、そもそもそんな事が出来ないから、俺は今こうしてヴァイスと話をしているのだ。

 

「ヴァイス。俺を此処から出せるって言ったよね。お願いだ。お礼なら何でもするから、俺を此処から出してくれ」

『死にに行くのかい?』

 

 ヴァイスには俺の思考が読めている。だったら、俺がこれから何をするのかも分かるのだろう。そして、俺が全く死ぬ気でない事も、分かっているに違いないのだ。

 それなのに、わざわざこんな聞き方をするという事は、ヴァイスは俺が死ぬだろうと思っているのだ。

 

 あの時計塔から飛び降りて。

 そして、死ぬ、と。

 

「ヴァイス。気になるなら俺の頭の中から、俺が実際どうなるか見てなよ」

———死なないから。

 

 わざと、最後だけは口には出さずに、敢えて頭の中だけで思う。思うだけで伝わるのだから、これで十分伝わるだろう。

 

『へえ。本気なんだね。アウト。君は、君がこれから何をするつもりかも知らない、あの“飛べない”弟が、本当に飛んで来ると思ってるんだ。“約束”も何もないのに、キミはどうしてそんな不確かなモノを信じる事が出来るんだい?』

 

 バカだな。ヴァイス。

 約束なんかしなくても、記憶が、思い出があるだろう。その積み重ねた記憶の中に、俺達兄弟の全ては詰まってる。

 ヴァイスは俺の“今”考えている事は分かっても、きっと、この積み重ねの中で出来上がった俺のこの“確信”は、理解できないよな?

 

「……つまり、そういう事。“今”だけを見ても、何もわからないんだ」

『もう!アウトこそ、僕に説明する気が無さ過ぎでしょ!』

 

 そう言われても、こればっかりは実感ナシには伝わりっこないんだ。俺は撫でていたファーの体から手を離し、そっとファーの前から離れた。離れて、酒場の出入口へと向かう。

 そして、先程まで触れなかったドアノブへと、俺は手を伸ばした。

 

「ヴァイス、おねがい」

『まぁ、面白そうだしね!いいよ!出してあげる!その代わり、アウトが死ななかったら、今晩。あの広場に来てよ!いつも僕が歌ってた、あの広場!』

「いいけど。でも、ウィズが帰って来る前に、俺は此処に戻らなきゃ。ここを出て、飛び降りたのがバレたら、生きて帰っても俺はウィズに殺されてしまう!」

 

 外に出た事は、ウィズにはバレてはいけない。ましてや、飛び降りたなんて、絶対に知られてはならない事だ。

 だって、もしバレたら。

 

『ねぇ、アウト。こんな時くらい、あの石頭の心配なんてしなくていいんだよ。自分の事を考えな?』

「……そう、だね」

 

 ウィズが、悲しむ。苦しむ。

 ウィズの怒った顔も怖いけれど、どちらかと言えば、俺はウィズの、あの辛そうな顔をもう見たくないのだ。

 ウィズには笑顔で、幸福を感じていて欲しい。

 

『大丈夫。心配はいらないよ。どうせアイツは今晩は帰ってこない。帰って来たとしても明朝じゃないかな。……ほんと、予想外の速さで解読を進めるんだもん。アウトに続き、あそこまでのヤツは、今までで初めてだ』

「ヴァイス?」

 

 頭の中に響く、けれど呟くようなヴァイスの声に、俺は頭の片隅が変にモヤつく感覚を得た。何か聞こえているのに、理解にまでは至らない。気持ちの悪い感覚だ。

 

『大丈夫、あの石頭が帰る前に、キミは此処まで送り届けよう!シンデレラの魔法は時間厳守なんだからね!』

「しんでれら?」

『はいはい、それについてはまた今度!アウト、約束してくれる?』

 

 そう、尋ねてくるヴァイスに俺は頭の中だけで答えた。その答えとなる思考を思い浮かべたと同時に、俺はそれまで触れる事すら叶わなかったドアノブに、容易に触れる事が出来た。

 

 

『さぁ、いってらっしゃい!アウト!生きてたら、また今晩会おう!僕はここから君を見ているよ!』

 

 

 頭の中に響くヴァイスの言葉に、俺は一気に酒場の階段を駆け上った。